- 我が国初の全身数値モデルを共同開発
−様々な電波利用状況に対してきめ細かな安全性評価が可能に−
- 平成13年4月26日
通信総合研究所(理事長:飯田尚志)は北里大学(学長:佐藤登志郎)、慶應義塾大学(塾長:鳥居泰彦)、東京都立大学大学院(総長:荻上紘一)との共同研究により、我が国で初めて日本人平均体形を有する男女の全身数値モデルを開発しました。女性モデルについては世界でも初めての開発となります。
<背景、位置づけ>近年、携帯電話に代表されるように、一般の人々のごく近くで電波が利用されています。電波の安全性については、人体に吸収される電波、特に単位重量あたりに吸収される電力(比吸収率またはSARという)で評価され、人体内SARの防護指針値が定められています。したがって、様々な電波利用状況の安全性評価を行うためには、人体内SARを正確に評価することが必要となります。
最近、MRI画像から人体頭部の数値モデルが開発され、携帯電話を使用している時に頭の内部に生じるSARが数値シミュレーションにより計算されています。今後、携帯無線機の使用形態が多様化することが予想されており、頭部だけのモデルでは必ずしも適切な評価が行なえなくなるため、全身を模擬した数値モデルが必要とされています。しかし、これまでに開発された全身モデルはいずれも欧米人をモデルとしたものであり(別表1)、日本人を対象とした詳細な検討のための全身数値モデルの開発が必要とされていました。
<今回の試み、本成果の特徴>本モデルは、日本人の平均的体形を有する成人男女のMRI断面画像内の各画素に人体の各組織(50種類以上)を対応づけることにより作成しました(図1,図2)。各組織に応じた電気定数を与えることで、電波が人体に吸収される様子を計算することができます(図3,4)。これらのモデルを用いることで、様々な電波利用状況で人体内のSARを正確に計算することができ、これまで以上にきめ細かな電波の安全性評価が可能になります。さらに放射線治療計画・被爆評価等の様々な分野の研究にも応用することができ、広範な分野において人体を考慮した数値シミュレーション技術の発展に大きく寄与するものと期待されます。
詳細は平成13年5月10日に第40回日本エム・イー学会大会(名古屋国際会議場)で報告される予定です。
<今後の発展>本モデルの開発作業は組織同定をほぼ終了し、現在、細部に渡り最終的な医学監修を行なっています。監修作業の終了後、本モデルを研究者に順次公開(今年度前半に男性モデル、今年度後半に女性モデル)する予定です。また、本モデルに対する改良を継続して行ない、より適切な安全性評価が行なえるようにしていく予定です。
(問い合わせ先)
- 独立行政法人通信総合研究所無線通信部門横須賀無線通信研究センター
電磁環境グループ山中 幸雄 TEL 0468-47-5090, FAX 0468-47-5099
渡辺 聡一 TEL 042-327-6512, FAX 042-327-6675
[用語説明]
- 数値モデル
人体を微小な要素(本研究では一辺が2mmの立方体ブロック)で模擬したもの。各微小ブロックはその部位に対応する組織名が与えられており、その組織に対応する電気定数を与えることで電磁界解析シミュレーションに用いることができる。また電気定数でなくその他の物理パラメータ(弾性定数・熱定数や放射線吸収係数)を与えることで、様々な数値シミュレーションに応用ができる。実験で用いられる模擬人体をファントムと呼ぶことから、数値ファントムとも呼ばれる。
- 電波防護指針
電波利用において人体が電磁界(周波数範囲は10kHzから300GHzまでに限る)にさらされるとき、その電磁界が人体に好ましくないと考えられる生体作用を及ばさない安全な状況であるために推奨される指針のことをいう。電波防護指針は平成2年に郵政省電気通信技術審議会より答申され、平成9年の同答申により一部改訂が行なわれている。
- SAR (Specific Absorption Rate)
比吸収率ともよばれ、単位重量あたりに吸収される電波の電力のこと。電波が人体に吸収された場合に吸収エネルギーにより生じる生体影響を測る指標として用いられている。電波防護指針(一般環境)ではSARの全身平均値(全身平均SAR)と任意の組織10 gあたりの平均値(局所SAR)がそれぞれ0.08 W/kg、2 W/kgを超えてはならないとしている。
- MRI (Magnetic Resonance Imaging)
核磁気共鳴現象を利用して、人体の断層像を撮影すること。またはそのための装置。人体内部の画像診断装置としてX線CT(Computed Tomography、 コンピュータ断層撮影)装置も使用されているが、MRIではX線CTに比べて各臓器が細部にわたりより明瞭に描出されること、X線等の電離放射線を用いないので被撮影者に対する負担が小さいこと等の特徴がある。
表1 これまでの主な人体数値モデルと本モデルの比較
作成者(機関) 国 部位 性別 空間分解能 データ 藤原修教授(名工大) 日本 頭部 男 2 mm MRI N. Kuster (ETH) スイス 頭部 男・女 1 mm MRI NRPB 英国 全身 男 2 mm MRI 空軍研究所 米国 全身 男 1 mm Visible Human Project(*) Remcom社 米国 全身 男 5 mm Visible Human Project(*) CRL(本研究) 日本 全身 男・女 2 mm MRI
(*)米国国立医学図書館等により推進されている可視化人体画像データプロジェクト。死体断面の光学写真,X線CT,MRI画像等のデータベースが公開されている。
図1.開発した全身数値モデル(左:成人男性、右:成人女性)の断層画像
日本人の標準体型(男性:171.4 cm, 63.3 kg,女性:159.1 cm, 52.6 kg)にほぼ合致している。最小ブロックサイズは2×2×2mm3。組織数は約50種類。なお、皮膚は青、筋肉は黄、骨・神経組織は緑、肺や内臓等については青で表示している。
図2.開発した全身数値モデル
(左:成人男性、右:成人女性)から骨格のみを表示したもの。
図3a.男性モデルを用いた携帯電話使用時の電磁界解析結果例
(垂直断面内分布,左:電界強度分布,右:SAR分布)
周波数:900 MHz,スケール:最大値を0 [dB]とした相対値表示。電界強度分布についてはある時点の値(瞬時値)を表示したもの。
図3b.男性モデルを用いた携帯電話使用時の電磁界解析結果例
(頭部水平断面内分布,左:電界強度分布,右:SAR分布)
詳細は図3aと同じ。右図では左図よりも頭部を拡大して表示しています。
図4.携帯無線機を胸ポケットに入れている場合の人体周辺の電界強度分布
(左:垂直断面内分布,右:胸部水平断面内分布)
周波数:900 MHz,スケール:最大値を0 [dB]とした相対値表示。ある時点の値(瞬時値)を表示したもの。
このような解析により人体の影響を考慮した無線機用アンテナの設計や体内植込み型の医用電気機器等への影響評価が可能となります。
[補足資料]
本共同研究の経緯
近年の電波利用技術の拡大に伴ない、携帯電話に代表されるように、一般の人々のごく近くで電波が用いられております。電波の安全性については、長年にわたり膨大な研究が行われており、携帯電話で使用されているような高周波電磁波については人体内に吸収された電磁波エネルギーによる熱的影響が支配的であることが知られています。この熱作用は人体に吸収される電波量、すなわち比吸収率(SAR)により定量的に評価できます。郵政省電気通信技術審議会(現総務省情報通信審議会)は人体内SARに対する防護指針値を勧告しており、様々な電波利用状況に対して、人体内SARを正確に評価し、適切な電波利用環境を構築していくことが必要とされています。
近年、MRI画像から人体頭部の数値モデルが開発され、携帯電話を使用している時に頭部内に生じるSARが数値シミュレーションにより計算されています。将来は携帯無線機の使用形態が多様化することが予想されており、頭部だけのモデルでは必ずしも適切な評価が行なえなくなるため、全身を模擬した数値モデルが必要とされています。しかし、これまでに開発された全身モデルは、いずれも欧米人をモデルとしたものであり、日本人を対象とした詳細な検討のため、全身数値モデルの開発が必要とされていました。
通信総合研究所無線通信部門横須賀無線通信研究センター電磁環境グループ(山中幸雄グループリーダー)はこれまで電波の安全性評価技術に関する研究を進めてきており、将来の電波利用技術に対してより正確な安全性評価技術を確立するために、北里大学医療衛生学部櫻井清子教授と渡辺敏教授、慶應義塾大学医学部國枝悦夫講師、および東京都立大学大学院工学研究科多氣昌生教授らとの共同研究により日本人の平均体形を有する男女の全身数値モデル(以下、本モデル)の開発を進めてきました。
本共同研究の概略
本モデルの開発にあたっては、日本人の平均的体形を有する男女のMRI断面画像撮影(男性で866枚、女性で804枚)を行いました。次に各断面画像内の各画素を2 mm の微小ブロックに分割し、そのブロックに人体の各組織(皮膚、脂肪、筋肉、骨、脳、内臓等、約50種類)を対応づけることにより作成しました(図1,図2)。この組織同定作業は現在の自動処理技術では十分な精度で行えないため、専門家の監修のもと手作業で行いました。仰向けで撮影された状態を自然に直立した状態に修正するための作業等もあり、組織同定作業は3年近くの期間を要しました。
本モデルの各ブロック(特定の組織に定義されている)に応じた電気定数を与え、さらに無線機をモデル化した上で、高度な数値解析手法を用いることにより、電波が人体に吸収される様子を計算することができます(図3,4)。この例に限らず、本モデルを用いることで、様々な電波利用状況で人体内SARを正確に計算することが可能となり、これまで以上にきめ細かな電波の安全性評価が可能になります。また、電気定数の代わりに弾性定数、熱定数や放射線吸収係数を与えることで、弾性解析、温度解析や放射線治療・放射線被曝評価等の研究にも利用できます。
本モデルの詳細については平成13年5月10日に第40回日本エム・イー学会大会(名古屋国際会議場)で報告される予定です。
今後について
本モデルの開発作業では組織同定をほぼ終了し、現在、細部にわたり最終的な医学監修作業を行なっているところです。医学監修作業が完了した後に本モデルを研究者に広く公開する予定であり、今年度前半に成人男性モデル、今年度後半には成人女性モデルの公開を予定しております。また、本モデルに対する改良を継続して行ない、より適切な安全性評価が行なえるようにしていく予定です。