測風ライダー

大気中には風とともに運ばれる大気分子やエアロゾル・雲(以下、エアロゾルと略す)が存在します。それらの粒子に単一波長のレーザー光を当て散乱させると、散乱された光はドップラー効果によって粒子に当たる前の周波数(波長)からわずかながら変化します。ドップラーライダーは、大気中に浮遊する粒子によって後方散乱された光の周波数が、散乱前の光の周波数からどのくらい偏移したかを調べ、その偏移量から視線方向(Line of sight)の風速を得る装置です。レーザーの波長をλ、ドップラー効果による偏移周波数をΔνとすると視線方向の風速vは、

視線方向の風速

と与えられます。例えば、波長を0.355μmと2μm、風の偏移周波数を5.6MHzと1MHzとすると、いずれも風速は1m/secとなります。

レーザーを使って速度を測定する研究は、ライダー開発が行われた直後の1960年中頃から行われるようになりました。その成果は70年頃に大気中の風を計るためのライダーへと応用されるようになり、偏移周波数を調べるドップラーライダーの研究が行われるようになりました。ドップラーライダーは光の分光方法からコヒーレント方式とインコヒーレント方式に分けられます。

コヒーレントドップラーライダーは、光を分光するために光ヘテロダイン検波を使用します。コヒーレントドップラーライダーの創成期において、HuffakerらやLawrenceらが、波長10.6μmのCW CO2レーザーを用いたコヒーレントドップラーライダーの研究を行いました。CW CO2レーザーを用いたコヒーレントドップラーライダーの研究は、70年代から80年代にかけて行われました。パルスCO2レーザーを用いたコヒーレントドップラーライダーの研究は70年代中頃から始まり、その後の主流となりました。

1980年代に入り固体レーザーが注目されるようになり、80年中頃から1.064 μmのNd:YAGレーザーを用いたライダーが検討され、Kavayaらが風データ取得に成功しました。90年代以降、目に対する安全性が考慮されTm:YAG、Tm:Lu:YAG、Tm:Ho:YLFレーザーを用いた波長2μm帯のコヒーレントドップラーライダーが主流となっていきます。さらに、光通信分野の部品やEDFA(Erbium-Doppled Fiber Amplifier)によるレーザーの高出力化により、波長1.5μm帯のコヒーレントドップラーライダーも開発されています。

インコヒーレントドップラーライダーでは、十分な分解能をもつファブリー・ペロー・エタロンやヨウ素フィルターを用いて光を分光し、直接検波を用いて強度からドップラー周波数を測定する方法が主流となっています。インコヒーレントドップラーライダーの初期の研究には、1972年のG. Benedetti-Michelangeliらによる波長0.448μmのCW Ar+レーザーを用いた研究があります。さらに、F. Congedutiらは下部対流圏の鉛直風を測定しました。その後80年代からインコヒーレントドップラーライダーは成層圏・中間圏の研究に用いられ、90年代以後対流圏の研究に用いられるようになりました。インコヒーレント方式は、エタロンの使用方法によって、差分フィルター法、波長スキャン法、イメージプレーン法、エッジ法など、様々な方法があります。最近の方式ではよくダブルエッジ法が用いられます。光を分光する手法ではないが、Elorantaらはミー散乱ライダーを用いてエアロゾル濃度を直接検波によって計測し、その不均一さと相関関係から風速を調べる方法を提案し、風速データ取得に成功しています。

図は仙台空港周辺で観測された海風の事例です。暖色系の視線風速はライダーから離れる方向、寒色系の視線風速はライダーに近づく方向を表しています。水平断面走査(Plane Position Indicator: PPI)による観測は、主風向に対し、海風はほぼ直角方向から進入してくる様子を捉えています。鉛直断面(Range Height Indicator: RHI)による観測は進入してくる海風の厚さの様子が捉えられています。RHIとPPIの組合せは、局所風や空港周辺の風、ウィンドシアー、航空機の航後渦等様々な風の3次元分布を調べるためにとても有用な観測方法です。

ブロック図と観測事例
▲コヒーレントドップラーライダーのブロック図と観測事例
仙台空港観測実験での(a)PPI、(b)RHI観測事例