宇宙からの風

全球風解析の現状と問題点

現在、日本を初めとして各国の協力により、気象観測網および通信網の整備が進められ、その結果、全地球規模で様々な気象データを入手することが可能となりました。しかしながら、高精度・高密度化が進んだ数値予報、あるいは、気候変動モデルの開発やその検証データとして、3次元分布の気象データが必要であるが、現在のデータは質的・量的に十分とは言い難いものです。特に、風データは空間的に不足しています。

風観測は、地上風観測、大気風観測、衛星からの観測に大別されます。地上風観測は、陸域は気象観測所、海域は船舶とブイで得られます。地上風のデータは、観測点周辺の局所的影響、観測高度の不一致、観測点毎のバイアス等の問題が指摘されており、データとして利用する際は空間代表性については注意が必要とされています。大気上空の風観測は、ラジオゾンデ、ウィンドプロファイラー、航空機観測等があります。図は世界のラジオゾンデ観測地点を示しています。ラジオゾンデ観測は、北半球の陸域に集中しており、南米、アフリカ、シベリア等広範囲で観測密度が低くなっています。財政難によるラジオゾンデ観測の削減を行っている国もあります。航空機による観測は、その情報は増加しているものの、航空路上に限られています。衛星による観測は、可視・赤外イメージャーによって撮影された雲や水蒸気塊の画像パターンを追跡・計算して得られる大気追跡風(Atmospheric Motion Vector: AMV)と、マイクロ波散乱計による海面付近の海上風などがあります。

AMVは、雲上端付近の風しか得られない上、雲の高度があいまい、あるいは雲の生成消滅による雲の位置変化による不確かさがあり、測定精度が不十分です。マイクロ波散乱計による海上風はおおむね十分な測定精度で計測されているものの海上付近と限定的で、大気風の観測は十分とは言い難いものです。全地球規模で大気風について高精度の3次元分布が得られれば、気象予測精度の向上や気候モデル開発に大変有益です。

ドップラーライダーによる風観測

大気風分布を3次元的に全地球規模で得られる計測技術として可能性があると考えられているのは、衛星搭載ドップラーライダーです。近年、4次元変分法やアンサンブルカルマンフィルターによるデータ同化が数値予報に使われるようになり、リモートセンシングによるデータは数値予報の精度向上に寄与が大きくなりつつあります。衛星搭載ドップラーライダーによって全地球規模で風分布が得られた場合、データ同化を通じてさらなる数値予報の精度向上に寄与するばかりでなく、様々な気象現象解明や気候モデルの検証等に役立つと考えられます。

宇宙から風観測を行う目的

  • 風は、大気の状態を決める最も基本的な気象要素の一つ
  • 風の3次元分布を正確に地球規模で把握することは、天気予報の精度向上や気候モデルの改良のために必須
  • 風観測は、地上観測、ラジオゾンデ観測およびブイによる観測が主
    • 観測拠点数:約900ヶ所
    • 00zと12zの2回観測:約600ヶ所
    • 00zもしくは12zの1回観測:100~200ヶ所
    • Temporal観測:~100ヶ所
観測拠点
▲観測拠点
  • 衛星による風観測
    • 大気追跡風 (Atmospheric Motion Vector)→ 高度推定精度が悪い
    • マイクロ波散乱計による海面付近の海上風 → 海面付近のデータのみ

風を高精度で3次元的に観測することは、数値予報、気候変動に関する研究、気候モデルの検証と精度向上のために大変重要

⇒ 衛星搭載ドップラーライダーによる観測

全球・領域数値予報に必要とされる風測定精度

全球・領域数値予報に必要とされる風測定精度
▲全球・領域数値予報に必要とされる風測定精度

NICTにおける衛星搭載ドップラーライダーの歴史

1991年-1999年 2μmレーザの開発
1997年-1999年 JEM-CDLについて実行可能性
宇宙ステーション搭載コヒーレントドップラーライダー風観測に関する科学計画(ESTO: 98P0A1-D016)
主査 東北大学 岩崎俊樹教授
NASDAから資金の助成
1998年-1999年 H-IIロケット連続失敗
NASDAは事故調査とH-IIAロケット開発にリソースを振向け
日本の衛星搭載ライダー
2000年 JEM-CDLの基盤技術に関する研究(第一期中期計画)
JAXA 第二期JEM利用の公募出さず
2006年11月 JAXA 第二期JEM利用の公募
NICT(代表:水谷耕平)は、応募するも選出されず
NASA LaRCと共同研究について模索
2008年11月 FEOS新規衛星ミッション提案のセレクション
2009年3月 post-GPM/DPR検討チーム報告書
2010年11月-12月 ISS-JEMの地球観測分野においてアイデア公募
2011年3月 NOAA/NASAよりハイブリッドドップラーライダーの共同
2011年6月 NASA LaRCよりコヒーレントドップラーライダーの共同開発提案

NICTによって提案されたISS搭載ドップラーライダー

ISS搭載JEM-CDLのオリジナルデザイン

  • レーザ: Tm,Ho:YLF発振器+増幅器
    • パルスエネルギー: 2J/pul
    • 繰り返し周波数: 10Hz
    • wall-plug efficiency: ~2%
  • 受光部Telescope:
    • 望遠鏡×2台
    • スキャンは行わず固定
    • 口径: Φ40cm

ISS搭載ドップラーライダー研究の遺産

  • LD励起伝導冷却2-mmレーザの開発
  • サブJ級Tm,Ho:YLFレーザ実験
  • 伝導冷却技術の確立 熱伝導係数: >10000 W/m2/K
    • 日本のメーカは、500-1000 W/m2/Kという値を想定
    • 真空容器内で-80℃にレーザロッドを温度コントロール
  • レーザ発振のためのLD励起技術、レーザ発振器+レーザ増幅器の経験蓄積
  • 移動飛翔体からのコヒーレントドップラーライダーによる風観測実証

衛星搭載ドップラーライダーの開発の狙い

  • 宇宙から風の計測に対する様々なニーズに応える
    • 週間予報や台風予報などの精度の向上
    • 様々な時空間スケールの気象現象解明に必要なグローバルな大気の流れの把握
    • 大規模気象災害に対する安心安全への貢献など
  • 宇宙からの地球観測の確実性を向上させる方法及び技術の高度化
    • 宇宙からの地球観測のデザイン、技術開発からデータ利用までの確実性をトータルに向上させるための、全球大気データ同化システムを用いた衛星観測の事前評価技術(OSSE: Observing System Simulation Experiment )と検証技術(OSE: Observing System Experiment )の高度化
    • ISS搭載植生ライダーによる知見・経験を確実に活かし、宇宙空間におけるライダー技術のさらなる向上
  • 観測技術開発からデータ利用までを一体的に行う推進スタイルの確立
    • グローバル風観測の実現とそのデータ利用までの全フェーズを通じて、各種研究開発機関、各種データ利用機関等の連携を強化