M型星のH2Oメーザースペクトル進化

高羽浩(電波天文グループ)

はじめに

星は進化の最終段階で水素燃焼が進むと中心に重い元素の核ができ、その周りでへリウム や水素の燃焼が起きるようになって低温の巨星(赤色巨星)へと進化する。M型星は1-3 太陽質量程度の中小質量星の進化の最終段階の天体である.重力的な不安定さのために 、半径は地球軌道以上の大きさになり、表面温度は2000-3000Kと低温になる。 またある種の振動モードが発生するために、300-400日程度の比較的規則正しい周 期で脈動を繰り返し明るさは変化する(ミラ型変光星)。星表面からはガスが流出し、進 化に伴って厚いガス/ダストに覆われるようになり、光では観測されず近赤外線や遠赤外 線で観測されるような低温の天体になる(IRC/AFCL天体,OH/IR天体)。こ の進化過程で次第に星半径は増大し、脈動周期は長くなり、質量放出率も増大することが 最近の赤外線(Veen, 1989 A.Ap., 210, 127など)、電波の研究で 明らかになってきた。

M型星は酸素が炭素よりも多いため、その大気中では様々な酸化物が生成されるが、その 中でOH,H2O,SiO分子では中心天体からの赤外線や脈動に伴う衝撃波の通過などで励起さ れ、メーザー増幅現象を起こした極めて強い電波輝線が観測される。鹿島34m鏡ではこ の3分子による幾つかのメーザー輝線が観測できるが、今回22GHz帯の H2O(616-523)メーザー、43GHz帯のSiO(J=1-0,v=1) メーザーのサーべイ 観測を行なった結果、H2Oメーザーで星の進化に伴う系統的な変化を発見したので紹介す る。

メーザーサーべイ

鹿島34m鏡は多数の電波天文帯の受信機を持つが、鏡面精度が高いことから短センチか らミリ波帯では世界でも有数の桂能を持つ。90年11月に国立天文台野辺山で開発され た音響光学型分光計(AOS)が設置され、本格的な星間分子線の観測ができるようにな った。A0Sを使ったメーザー竜波源の無人自動観測ソフトを開発し、91年4−5月に H2OとSiOのサーベイ観測を行なった。既知のメーサー源を主として約200天体をそれぞ れ2日、3日で観測し、約80天体でそれぞれメーザー輝線が検出できた。(うちH2O, SiOそれぞれ2天体新検出)。

星の進化とH2Oメーザースペクトルの進化

検出されたH2O,SiOメーザー輝線と星のスペクトル型、周期を比較したところ、より低温 のスペクトル型になるに従ってH2Oメーザーは顕著な2成分を示すようになり、その2成 分の速度差が増加することがわかった(図1−4)。SiOは高温・高密度の領域で赤外線 によって振動励起されることから、星の極く近傍から放射されているのでスペクトルは星 の速度とほぼ等しく、系統的な変化は見られない。一方、H2OはCooke and Elitzur (1985, Ap. J., 295, 175)のモデルでは水素分子との衝突で励起されるが、高密度領域 では616準位は502への光解離を起こすために22GHzのメーザー (616-523)は励起されないことが示されている。より低温な 天体ほどより厚い大気を持つことを 考えると、低温な天体ほどH2O放射領域は中心星か ら離れることが予想される。星周辺のガス/ダストは、星の放射圧でダストがエネルギー を受けることによって星から離れるほど大きな膨張速度を持つので、低温な天体ほど H2Oメーザーが放射される領域の速度が大きくなることが説明できる。 H2Oメーザーは星の 動径方向にビーミングされた放射を起こすので手前と反対側の放射が卓越したダブルピー クに観測される。この結果はM型星では進化に伴って放射領域がシェル状に膨張すること を示している。

図1.ミラ型変光星 RS Vir (M6IIIe-M8e, P=354day) 図2.少しlateなミラ型変光星 U Her (M6.5e-M9.5e, P=406day)


図3.AFGL天体IRC-10414 (M8+WC5) 図4.OH/IR天体 OH12.8-1.9 (OH/IR, P=812day)

今後の計画

我々はこの解釈が正しいことを確かめるために、KNIFE (Kashima - Nobeyama Interferometer)によるVLBI観測で星の周りのH2O,SiOメーザー放射領域の空間的な 分布を調べることを計画している。SiOメーザーは星の中心付近、H2Oメーザーの高速度成 分は星付近、低速度成分は星の周りにシェル状に分布していることがわかる筈である。野 辺山45m鏡へのプロポーザルは採択されたので、91年末から92年初めに観測を予定 している。 KNIFEではSiO (J=1-0)の振動励起準位が異なるv=1,2輝線からバンド幅合成の手法で天体 位置を精密に決定する研究を進めているが、この観測からはH2Oメーザーの励起機構が明 らかになるほか、距離が既知で進化過程が異なる幾つかのM型星の赤外線スペクトルとメ ーザー速度、VLBIによるメーザー放射領域の大きさ、との関係を調べることで末知の 天体までの距離を推定する新しい手法が期待できる。このような方法を併せて多数のM型 星メーザーを観測することで銀河系の大きさ、銀河回転の様子や物質分布を調べることが 可能になる。




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