近藤哲朗(通総研鹿島)、今井一雅(高知高専)、青山隆司(宮城職能開発短大)、 大矢 克(東北大理)、徳丸宗利(名大STE研)、三澤浩昭(東北大理超高層)、 前田耕一郎(兵庫医大)、岩田隆浩(NASDA)
太陽は数10MHz以下の低周波数帯での自然電波源のひとつであり、バースト的に非常に強い電波を放出する。木星からもデカメータ波帯(30MHz近辺)においてバースト状の強い電波が放射されている。電離層の影響のため、地上からは10MHz以下の周波数帯での観測が困難となるが、宇宙空間からの探査体からの観測により、太陽からの電波放射は更に低周波数まで続いていることや、木星からはヘクトメータ波帯や、キロメータ波帯においても電波が放射されていることが明らかとなった。さらに、天王星、海王星からもキロメータ波の電波が放射されていることが発見されている。一方、地球からも宇宙空間に向かって、キロメータ波帯で非常に強い自然電波が放射されていることが、初期の衛星観測などで見つかっていた。この電波はオーロラ活動に伴い、極域磁気圏から放射されていることから、オーロラキロメータ波(AKR)とも呼ばれている。こうした宇宙空間からの観測から、固有磁場を持つ太陽系惑星は低周波数帯で自然電波を放射しているという様相が明らかとなってきた。こうした、惑星からの電波放射メカニズムやダイナミクスはまだ、完全には解明されてはいない。また、太陽系外でも銀河背景放射のスペクトル分布や、銀河系内および銀河系外電波源の低周波数帯での分布は調べられていない。 こうした低周波での電波放射を安定に観測(電波源位置観測も含む)するのに電離層の影響を受けない月面が適しており、更に裏側においては地球上の人工電波源や地球のオーロラに伴うキロメータ波放射(AKR)からの混信を受けないことによる高感度観測も可能となる。
図1にZarka et al [1997]によってまとめられた低周波数帯での自然電波のフラックスを示す。左側の図はオリジナルの図で1AU(天文単位)でのフラックスに換算した値を示している。S-bursts,DAMは木星からのデカメータ波放射、HOMは木星からのヘクトメータ波放射を示している。8MHz付近の縦の点線が電離層での遮断周波数を示しており、これより低い周波数は地上から観測ができない。図1の右のパネルは、月面から観測した場合のフラックスを求めたものである。地球からのキロメータ波放射が非常に強力であることが分かる。地球以外の電波源の高感度の観測を目指す場合、月面表側においては、地球からのキロメータ波放射が大きな障害となることが予想される。
観測対象は達成される観測システムの感度にも依存するが高感度観測を目指さないならば、木星からのデカメータ波放射およびヘクトメータ波放射観測による木星磁気圏のモニター、太陽からの低周波電波放射観測による外部コロナの物理の研究があげられる。また、銀河背景放射のスペクトルおよび空間分布の観測や、銀河系内および銀河系外電波源の探査観測が行えれば重要な基礎的データの提供となる。こうした電波観測装置は、比較的簡単な低感度の受信装置で構成可能と考えられるが、干渉計を構成することができれば、電離層の屈折(ゆらぎ)の影響を受けない、高精度ポインティング観測も期待される。高感度観測システムが実現できるならば土星、天王星、海王星からのキロメータ波放射も観測対象となりうる。
観測システムとしては、例えば、低周波観測部+テレメトリー装置を1つのユニットとして、このユニットだけで、ダイナミックスペクトル観測が可能で、複数のユニットを月面にばらまけば、干渉計観測が行えるようなシステム考えられる(図2)。干渉計観測を行う場合は、各ユニットで受信した天体電波をコヒーレンスを保ったまま、処理しなければならない。そのための正確な時計装置と、周波数標準が必要であるが、観測周波数を10MHz以下に限れば、10^-10程度の安定度を有する高精度水晶発振器でも、1000秒程度積分(コヒーレンスが保てる)が可能となる。各ユニットが独立に周波数標準を持つ代わりに、月周回衛星から、標準周波数を供給する方法も考えられる。各ユニットでは、現在の技術水準から、アンテナ部以外は十分小型化が可能と考えられる。さらにフロントエンド部(プリアンプ部)以外は、デジタル信号処理を行うことにより、自由な帯域フィルタリングが可能となり、システム設計の自由度が増すと思われる。受信した帯域全部の実時間伝送が不可能でも、デジタル信号処理により例えば帯域フィルター処理およびベースバンド変換を行えば必要な受信帯域のみが伝送可能となる。また、受信周波数帯をステップ上に切り替え、さらにその切り替えのタイミングを、複数のユニットで同期させることにより、簡単に広帯域干渉計観測が実現できる。ここでは、A/D変換器の実用的感度やデジタル化した場合の消費電力等の検討が要求される。
アンテナ部は、広帯域を十分な感度で実現するためには、ログスパイラルやログペリオディックアンテナの使用が望ましいが構造が複雑であり、月面での設置を考えると、単純なダイポールアンテナや、ワイヤーアンテナ等でも、強度の強いソースにターゲットを絞れば十分実用性があると思われる。
ただし、月面の過酷な熱環境を考慮すると、アンテナ部から本体部への熱の流入、流失は最小限にする必要がある。ペネトレータで本体部を月地下部に打ち込んだとしても、アンテナ部が表面に出た場合は、そこからの熱伝導が致命的にすらなるとの話である。したがって、アンテナ部全体を地下に埋設させるか、表面に出す場合も、熱カップリングは慎重に検討しなければならない。アンテナをコンデンサ結合やコイル結合等にし、しかも熱的に分離された構造にする工夫が要求される。また、地下にアンテナを展開した場合の感度の検討も要求される。
ペネトレータで打ち込む場合は、内蔵バッテリーだけのオペレーションとなるため、使用電力は最小限に押さえなければならない。良くて数週間程度の観測しか行えないかもしれない。このような短期間で成果の出せる観測テーマの検討も必要である。また、短期間で成果の出せるテーマがない場合は、ソフトランディングによるシステムの設置を前提とした、太陽電池使用システムによる長期観測を最初から目指す必要がある。