「次期月探査計画」科学観測提案 1999.12.11

月面からの低周波電波観測

近藤哲朗(通総研鹿島、kondo(AT)nict.go.jp)
今井一雅(高知高専、imai(AT)ee.kochi-ct.ac.jp)
青山隆司(宮城職能開発短大、aoyama(AT)miyagi-pc.ac.jp)
大矢 克(東北大理、moya(AT)stpp1.geophys.tohoku.ac.jp)
徳丸宗利(名大STE研、tokumaru(AT)stelab.nagoya-u.ac.jp)
三澤浩昭(東北大理、misawa(AT)pparc.geophys.tohoku.ac.jp)
前田耕一郎(兵庫医大、maeda(AT)hyogomc.kugi.kyoto-u.ac.jp)
岩田隆浩(NASDA、tiwata(AT)rd.tksc.nasda.go.jp)

1.はじめに

 周波数数10MHz以下の低周波数帯における地球外の電波源はいくつか存在し、太陽は低周波数帯での代表的な電波源のひとつである。太陽は低周波帯において非常に強い電波をバースト的に放射する(図1)が、木星も低周波数帯における強力な電波源であり、デカメータ波帯(30MHz近辺)においてバースト状の非常に強い電波を放射している(図2)。


図1 太陽電波放射例


図2 木星電波放射例

これらの放射電波は地球電離層の影響のため、特に10MHz以下の周波数帯においての地上からの観測が困難である。しかしながら、宇宙空間の探査体からはこうした低周波においても電離層の影響を被ることなく観測でき、太陽からの電波放射は更に低周波数帯まで続いていることや、木星からはヘクトメータ波帯や、キロメータ波帯においても電波が放射されていることが明らかとなった。さらに、天王星、海王星からもキロメータ波帯の電波が放射されていることが発見された。一方、地球からも宇宙空間に向かって、キロメータ波帯で非常に強い自然電波が放射されていることが、初期の衛星観測などで見つかっている。この電波はオーロラ活動に伴い、極域磁気圏から放射されていることから、オーロラキロメータ波放射(AKR)とも呼ばれている。

 こうした宇宙空間からの観測から、固有磁場を持つ太陽系惑星は低周波数帯で自然電波を放射しているという様相が明らかとなってきた。しかしながら、こうした惑星からの電波放射メカニズムやダイナミクスはまだ、完全には解明されてはいない。また、太陽系外でも銀河背景放射のスペクトル分布や、銀河系内および銀河系外電波源の低周波数帯での分布は調べられていない。

 こうした低周波での電波放射を安定に観測(電波源位置観測も含む)するには、電離層の影響を受けない月面が適しており、更に月の裏側においては地球上の人工電波源や地球のオーロラに伴うキロメータ波放射(AKR)からの混信を受けないことによる高感度観測も可能となる。システムの制約により、高感度観測が不可能な場合においても、地球−月基線干渉計(基線長約40万km)を構成することにより、電波源の高分解能観測が可能となる。その分解能は木星面において約16km(観測周波数30MHz)となり、現在謎とされている木星デカメータ波放射中のモジュレーションレーンと呼ばれる周波数−時間変動特性の解明の手がかりを得るのに十分な分解能と考えられる。

2.低周波数帯における電波源と科学目的

 図3にZarka et al [1997]によってまとめられた低周波数帯での自然電波のフラックスを示す。左側の図はオリジナルの図で1AU(天文単位)でのフラックスに換算した値を示している。S-burstsDAMは木星からのデカメータ波放射、HOMは木星からのヘクトメータ波放射を示している。8MHz付近の縦の点線が地球電離層での遮断周波数を示しており、これより低い周波数は地上から観測ができない。図3の右のパネルは、月面から観測した場合のフラックスを求めたものである。地球からのキロメータ波放射が非常に強力であることが分かる。地球以外の電波源に関して高感度の観測を目指す場合、月面表側においては、地球からのキロメータ波放射が大きな障害となることがこの図から予想される。


図 3 低周波数帯での自然電波放射スペクトル。左の図は1AUでのフラックスで、Zarkaらの結果の図である。右側は、月面から観測した場合のフラックスを示す。

 観測対象は達成される観測システムの感度にも依存するが高感度観測を目指さないならば、木星からのデカメータ波放射およびヘクトメータ波放射観測による木星磁気圏のモニター、太陽からの低周波電波放射観測による外部コロナの物理の研究があげられる。また、銀河背景放射のスペクトルおよび空間分布の観測や、銀河系内および銀河系外電波源の探査観測が行えれば重要な基礎的データの提供となる。

 こうした電波観測装置は、比較的簡単な低感度の受信装置で構成可能と考えられるが、干渉計を構成することができれば、電離層の屈折(ゆらぎ)の影響を受けない、高精度ポインティング観測も期待される。高精度ポインティング観測とは相反するテーマとなるが、太陽風による散乱の影響も高精度で観測をすることができるようになる。一方、高感度観測システムが実現できるならば土星、天王星、海王星からのキロメータ波放射も観測対象となりうる。

 これら観測データは電波源の発生メカニズムに関する研究に役立つほか、伝播媒質の研究にも役立てることができる。

3.月面からの観測の意義 (衛星観測との相違点)

 月面からの観測の意義はすでに述べたように、電離層の影響を避けることができる点である(高周波においては中性大気の影響をも避けることができる)。電離層の影響を避けるためだけであれば、宇宙空間の人工衛星からの観測でも良く、月面の過酷な熱環境でのサバイバル技術を考えると、人工衛星からの観測システムの方が有利とも思える。しかしながら、高感度観測を目指すとき、月表面裏側は地球からの人工ノイズやオーロラキロメータ波放射の影響をカットできる理想的な場所である。

 高感度観測システムが種々の制約で不可能な場合は、干渉計観測が意義を持つ。特に、バースト的な現象の干渉計観測には、基線長が十分に確定している必要があり、精密軌道決定を要する衛星間の干渉計よりは、月面上の複数地点間での干渉計を構成するのが、基線ベクトルが確定しやすい点で有利である。つまり、基線ベクトルを確定するための複雑な人工衛星軌道計算を必要としない観測が可能である。干渉計観測による高分解能観測の極限を目指すならば、月−地球間の干渉計構成が考えられる(図4)。この場合、地球のアンテナとして、高感度なアンテナを使用すれば、月面上のアンテナは低感度でよく、システムとしての実現性が高くなる。この場合の科学目的は先にも述べた木星のモジュレーションレーン現象の解明、および太陽風散乱効果の観測があげられる。


図4 月−地球干渉計。

4.観測方法(機器)

 観測システムとしては、例えば、「低周波観測部」と「テレメトリー装置」を1つのユニットとして構成し、このユニットだけでもダイナミックスペクトル観測が可能であり、複数のユニットを月面に設置すれば、干渉計観測が行えるようなシステムが考えられる(図5)。


図5 低周波観測ユニット例

干渉計観測を行う場合は、各ユニットで受信した天体電波を可干渉性(コヒーレンス)を保ったまま、処理しなければならない。そのための正確な時計装置と、周波数標準が必要であるが、観測周波数を数10MHz以下に限れば、10-10程度の安定度を有する高精度水晶発振器でも、1000秒程度積分(コヒーレンスが保てる)が可能となる。周波数標準に関しては、各ユニットが独立に周波数標準を持つ代わりに、外部の月周回衛星などから、標準周波数を供給する方法も考えられる。各ユニットでは、現在の技術水準から、アンテナ部以外は十分小型化が可能と考えられる。さらにフロントエンド部(プリアンプ部)以外は、デジタル信号処理を行うことにより、自由な帯域フィルタリングが可能となり、システム設計の自由度が増す。受信した全帯域の実時間伝送が不可能でも、デジタル信号処理により例えば帯域フィルター処理およびベースバンド変換を行えば必要な受信帯域のみが伝送可能となる。また、受信周波数帯をステップ上に切り替え、さらにその切り替えのタイミングを、複数のユニットで同期させることにより、簡単に広帯域干渉計観測が実現できる。しかしながら、A/D変換器の実用的感度やデジタル化した場合の消費電力等の検討が要求される。

 アンテナ部は、広帯域を十分な感度で実現するためには、ログスパイラルやログペリオディックアンテナの使用が望ましいが構造が複雑であり、月面での設置を考えると、単純なダイポールアンテナやさらにはモノポールアンテナおよびワイヤーアンテナ等でも、強度の強い電波源に対象を絞れば十分実用性があると思われる。ただし、月面の過酷な熱環境を考慮すると、アンテナ部から本体部への熱の流入、流失は最小限にする必要がある。ペネトレータで本体部を月地下部に打ち込んだとしても、アンテナ部が表面に出た場合は、そこからの熱伝導が致命的にすらなる。したがって、アンテナと電子回路部の熱カップリングを小さくする方法を検討しなければならない。解決策の一方法としてアンテナを地下に展開する方策が考えられるが、その場合は達成される感度に関しての検討は十分になされる必要がある。

 例えば、アンテナを含めた受信システム一式をペネトレータで打ち込む場合は、内蔵バッテリーだけのオペレーションとなるため、使用電力は最小限に押さえなければならない。良くて数週間程度の観測しか行えないかもしれない。しかしながら低周波帯ではバースト的な時間変動の激しい現象が多いため、こうした短期間の観測で成果の出せる観測テーマがあるかどうかは懐疑的である。したがって、科学的成果を得るためには、太陽電池を使用したシステムによる長期観測を最初から目指す必要があると考えられる。

 この場合、過酷な熱環境からのサバイバル技術が重要であることを考えると、アンテナ設置場所として、極域を選び、太陽電池パネルを絶えず日が照る領域に置くことができれば、長期間観測システムも実現性が高くなってくる。

5.おわりに

 月面からの低周波電波観測は、太陽系惑星からの放射を安定に観測(電波源位置観測も含む)するのに適している。更に月の裏側においては地球上の人工電波源や地球のオーロラに伴うキロメータ波放射(AKR)からの混信を受けないことによる高感度観測も可能となる。たとえシステムの制約により、高感度観測が不可能な場合においても、地球−月基線干渉計(基線長約40万km)を構成することにより、電波源の高分解能観測が可能となる。その観測がもたらす科学成果に木星デカメータ波放射中のモジュレーションレーンと呼ばれる周波数−時間変動特性の解明、および太陽風による電波散乱の影響の解明、があげられる。

 我々はともかく、地球に一番近い自然天体である月面からの低周波電波観測を通して、太陽系惑星の電波放射の不思議のみならず、銀河系宇宙の不思議の解明を目指したい。

参考文献

Zarka et al., in Planetary Radio Emissions IV, pp.101-127, 1997