修士論文要旨

仮想環境におけるデザインのための両眼立体視での奥行き知覚精度に関する研究


本研究はデザイン分野への仮想現実感技術の応用として,自動車内装をコンピュータグラフィックスにより立体表示し,車内のデザインや運転の操作性を仮想環境で評価・検討することが可能な自動車内装デザインシステムの実現を目指すものである.現在自動車のデザインは,CADにより作成される形状データを基に,実モデルであるクレイモデル等を製作して評価するという工程を幾度か繰り返し進められる.そのようにして進められるデザイン工程を,形状データを直接コンピュータグラフィックスにより立体表示して,仮想環境で実モデルと同じようにデザインの意匠や操作性を評価し検討することができれば,短期間で効率良く進めることが可能となる.

システムを実現する上で,仮想物体の表示位置の精度が一つの重要な問題となるが,現在一般的に用いられている両眼視差を利用した立体視では,表示系の誤差や人間が普段利用している奥行き知覚要因の全てを提示することが不可能であるといった問題から,仮想物体モデルの座標値が示す位置を十分な精度で知覚することは難しいことが指摘されている.

そこで本論文では,仮想空間でデザインを行える環境を実現するための重要な技術として,両眼視差方式の立体視における奥行き知覚を高精度で行うための補正方法を提案する.具体的には,仮想物体の奥行き知覚距離の特性を多人数に対する実験により求め,その結果に基づいて知覚におけるズレを改善するための手法として,仮想物体の提示距離に応じて瞳孔間距離を変化させることにより知覚距離を補正する方法を提案している.

まず予備実験では実物体と仮想物体の奥行き知覚の傾向について調べ,仮想物体でも実物体の2倍程度知覚距離にばらつきが増えるもののその程度で安定した知覚が可能であることが分かった.しかしながら,仮想物体では明らかに知覚する距離にズレがあることが確認でき,被験者によってそのズレ量が異なることから個人差があることも分かった.次に,仮想物体の提示距離と提示角度,ならびに視点とスクリーンとの距離による知覚のズレの傾向を計測した.その結果,知覚距離のズレはほぼ線形に変化する傾向が確認でき,ズレが軽減するように瞳孔間距離を調整することによる補正の可能性を検討した.

これらの結果を基に瞳孔間距離の調節量を求めるための単純な一次補正関数のモデルを定め,その効果を確認した.実際の知覚距離のズレには個人差の他に慣れや経時変化が含まれるため,補正を行うための関数のパラメータは,利用の都度個人ごとに得られるズレ量のサンプルから決定する必要があるが,実用を考えると計測の煩雑さからサンプルの数は少数であることが望ましい.本手法では多人数の傾向より補正関数のモデルを決定し,各個人に対するサンプルからは関数のパラメータの決定のみを行うことにより,少数のサンプルから効果的な補正を行うことができた.