私たちの研究室では、動物の行動が起こる仕組みを、分子(遺伝子)・細胞(脳)・個体のレ ベルで解明していくことを目指しています。
現在、Massachusetts Institute of Technologyの吉原基二郎先生のもとで、学習と記憶に関する研究を行っています。 学習によって単一のニューロンに起こる変化と、行動の変化として観察される記憶とを結びつけるための実験系をつくっています。山元研究室で学んだ行動解析のノウハウが、こちらでの実験にも役立っています。
他の多くの研究室と異なる山元研究室の特色は「多様性」であると感じています。これには2つの意味があります。1つ目は、山元研究室を構成するメンバーの学問的バックグラウンドが多様であるということです。遺伝学、進化生物学、神経生理学、動物行動学、発生生物学、分子生物学などの分野で学位を取得した人達がポスドクとして山元研究室に参加しています。2つ目は、扱う研究テーマの多様性です。雄の性行動や脳の性的二型について、様々な角度からのアプローチがなされています。例えば、神経細胞の雄化に決定的な役割を担う転写因子と想定されるFruitlessの標的遺伝子の探索を行っている人もいれば、雄特異的な神経回路が発生の過程でどのようにして形成されるのかについて調べている人、また形成された神経回路が、雄が雌に求愛する際にどのように活動するのかをカルシウムイメージング法や電気生理学的手法を用いて観察している人、さらに進化生物学的な観点から、種間にみられる性行動の多様性を説明しうるfruitless遺伝子と、その発現する神経回路の種間差を調べている人もいます。これら以外にも雌の性的受容性、記憶と学習、卵巣の発生、キイロショウジョウバエに寄生する細菌Wolbachiaに関する研究を行っている人もいます。ここまで多様でありながら、1つの研究室としてまとまっている例は、珍しいのではないかと思います。
学問的バックグラウンドも、現在遂行中の研究も様々であるため、個々人の興味の対象はある程度共通しつつも少しずつ違い、それが相互に補い合ってお互いの研究に良い作用をもたらしているというのが私の印象です。実験で行き詰まったときも、様々な解決策を提案していただけました。また、ラボミーティングをはじめとした、日々の研究室生活の中で様々な興味や批判にふれ、視野を広げることができ、大変勉強になりました。学位論文の発表会や学会発表の前に研究室内で発表練習をした際には、様々な角度からご意見をいただくことができ、練習の前後で自分の発表の質が高まったという手応えを感じました。どのような学問的バックグラウンドの人にも、できる限りわかりやすい発表となるように努力することができました。また、研究室内で事前に多様な視点から質問をいただいているので、発表本番でも落ち着いて質疑応答にのぞむことができました。
山元研究室では実験技術以外にも多くのことを勉強させていただきました。例えば、ラボミーティングは英語で行われるため、日常的に英語の訓練を積むことができました。また、研究室内での発表とはいえ、学会における口頭発表さながらの雰囲気で行われるため、プレゼンテーションの訓練にもなりました。自分が発表をするときは、発表原稿とスライドを山元先生に事前に添削していただきました。英語の間違いを正していただくのみならず、より正確で誤解をまねきにくく、なおかつわかりやすい説明の仕方や英語表現の工夫のしかたなども教えていただきました。また、セミナー中に先輩やポスドクの方々、そして先生がたが議論されているのを聞くと、質問の際に自分の疑問点を明確に相手に伝えるための表現や、あるいは質問に対する受け答えの仕方などを学ぶことができました。研究室に入りたてのころは、まだ研究内容自体の理解が進んでいないため大変かもしれません。受け身でいると、これはただ大変なノルマのようにしか感じられないかもしれませんが、積極的に学ぼうとする意識があれば、自分次第でいくらでも学べる環境だと思います。また、ラボミーティングを英語で行うと、日本語で議論した場合と比べて、議論が深まらないと思われるかもしれません。たしかに一理あるかもしれませんが、山元先生に加えて経験豊富なポスドクの方達がたくさんいたので、日常的に実験のあいまに議論することもでき、特に不足を感じることはありませんでした。
学生時代に海外へ積極的に派遣していただけたことも、私にとって大きなことでした。修士課程の2年次にCold Spring Harbor Laboratory (CSHL)で開かれた3週間のサマーコースに参加させていただきました。毎日それぞれの分野のTOPを走る研究者達がやってきて講義と実習が行われました。私にとって教科書に出てくる歴史上の人物のような存在であるEdward A. Kravitz先生と直接お話しできたことは、大変良い経験となりました。また、CSHL meetingやGordon conferenceなどの国際学会にも参加させていただき、サイエンスの最前線を感じることができました。聴衆の反応から論文発表の際にどういった実験がさらに求められるかを考えることができました。また、競合研究室の動向から、論文投稿のタイミングについても認識を改めることができました。さらには、2009年のCSHL meetingにて、吉原先生が私の発表へ来てくださったことと、吉原研究室からの発表を聞いて興味をもったことがきっかけとなり、卒業後の留学への道がひらけました。
「研究を見る目」の大切さも山元研究室で学んだことの一つです。私は単純な性格なので、一人で論文を読んでも、その論文の良いところばかりが目について、実験が不足している箇所(技術的な限界にもよることが多いのですが)や、自分の研究との関連性や今後の課題といったことがあまり見えていませんでした。そういった甘さは自分の研究にも影響しうるものでした。山元研究室での論文抄読会は、論文を紹介する人が、まるで自分で行った研究を報告するかのように、詳細にその論文の内容を説明します。そうしたうえで、批判的にきめ細やかな議論を行います。ここでもポスドクを含めたスタッフがたくさんいるおかげで、議論が深まり大変勉強になりました。自分の研究もそうした批判にさらされるのだということを意識しながら、日々の実験を行えたことは大変にありがたいことでした。
山元研究室で過ごした6年間はそれまでの人生の中で、間違いなく最も濃厚な時間でした。そんな6年間を過ごさせていただいた山元先生をはじめとした山元研究室の皆様には、大変感謝しております。
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