研究成果
2012.6.8

脳細胞を雌雄で違ったかたちにする遺伝子の仕組みを解明

 ー染色体のねじを緩めると雌型脳、ぎゅっと締めると雄型脳ができる?ー

 ショウジョウバエの脳には雌雄で違ったかたちをしている神経細胞があります。今回、東北大学大学院の伊藤弘樹研究員ら山元大輔教授のグループは、その性差を生み出す遺伝子の仕組みを研究し、染色体をしっかりと折り畳んで遺伝情報を読み取りづらくすると雄のかたちの神経細胞がつくられ、染色体をほどいて遺伝情報を読みやすくすると雌のかた ちの神経細胞がつくられることを明らかにしました。行動の性差は神経細胞の性差から生まれると考えられ、なぜ男女が違う行動をするのかという疑問にも答える成果といえます。
山元教授らは、fruitlessという遺伝子が十分に働かないと、ショウジョウバエの雄が同 性愛行動をするようになることを 20 年近く前に見出し、この遺伝子の情報に基づいて雄でのみ合成されるFruitlessタンパク質の機能を研究してきました。今回、この雄特有の Fruitlessタンパク質が染色体の約 100か所に結合すること、その場所にはさらに染色体をきつく締め付ける他のタンパク質が結合して、その付近の遺伝情報を読み出されないようにすることを明らかにしました。その結果、神経細胞は雄のかたちを示します。Fruitlessタンパク質のない雌の脳では遺伝情報が読み出され、神経細胞は雌のかたちとなります。 こうして、脳は雌雄で違ったものへと作り上げられるのです。
本研究成果は、米国の科学雑誌『セル』 (Cell)に近く掲載されます。

背景

 ヒトを含め、動物の脳に雌雄差のあることは 40年ほど前から知られていましたが、その性差が生み出される仕組みはほとんどわかっていません。山元教授らはショウジョウバエを用いて、脳を組み立てている一つ一つの神経細胞の数やかたちに性差が存在し、Fruitlessタンパク質が雄の脳から失われると神経細胞が完全に雌化してしまい、雌に対してほとんど求愛しなくなることをすでに立証していました。今回、Fruitlessタンパク質と協力して働く因子の探索を通じて、遺伝情報の読み取り方の違いが性差の根源にあることを突き止めました。

研究成果

 ショウジョウバエの脳にあってフェロモンの情報を処理する神経細胞グループ(mALクラ スター)には、3つの性差があります。第一に、クラスターを構成する細胞の数が雌は 5 個、雄は 30個です。第二に、細胞体の反対側を後方に伸びる突起の先端が、雌は Y字型に分岐するのに対して、雄では馬の尻尾のような房状をしています。第三に、雄の mALクラスターの神経細胞には、細胞体と同じ側を後方に伸びる突起(同側突起)を持つものがありますが、雌では同側突起のあるものはひとつもありません。Fruitlessタンパク質を失った突然変異体の雄では、上記の3つの特徴の全てが、完全に雌型に変化しています。つまり、Fruitlessタンパク 質は神経細胞を雄化する働きを持つわけです。これに対してFruitlessタンパク質が減っている 変異体の mAL クラスターは、雄型と雌型の神経細胞の混成状態となります。一つ一つの細胞を見ると決して性的中間状態にはなく雌型、雄型のどちらかであり、Fruitlessタンパク質が減 るにつれて雄の脳のmALクラスターに含まれる雄型細胞の割合が減り、雌型細胞の割合が高くなっていきます。この効果を強めたり弱めたりする変異を探した結果、HDAC1 タンパク質が減ると雌化傾向が高まり、HP1aタンパク質が減ると雄化傾向が高まることがわかりました。 FruitlessとHDAC1の二つのタンパク質は染色体の約 90か所に一緒に結合してその周辺をきつく折り畳み、遺伝情報を読づらい状態にします。それに対して HP1a と一緒になったFruitlessタンパク質は染色体の約 20 か所に結合して折り畳みを緩め、遺伝情報を読み取りやすい状態にします。こうして約 100個の遺伝子のオン・オフ状態がセットされると、神経細胞は雄型に作り上げられます。Fruitlessタンパク質のない雌では、これらの遺伝子のオン・オフが基底状態のままであるため、神経細胞は雌型になるのです。こうして、脳の性差が約 100個の遺伝子のスイッチをオン・オフすることで生み出されることが明らかになりました。

今後の展開

 今後は、約 100 個あるFruitlessタンパク質の標的遺伝子(オン・オフされる側)の実体を解明することが、第一の課題です。ヒトのからだに見られる性差にもこの機構が寄与しているとすれば、発症に性差の認められる疾病の原因解明や治療への貢献が期待されます。


 ※本成果は、山元大輔教授を研究代表者とする文部科学省・基盤研究(S)、同・特別推進研究、同・新学術領域研究、同・戦略的国際共同研究、武田科学財団研究助成によるものです。

図及び説明

120608_cell

解明された Fruitless タンパク質が行動の性差を生み出す仕組み


上段:Fruitless (Fru)タンパク質は HDAC1又はHP1aと一緒に染色体に結合し、その折り畳みを強めたり弱めたりすることで、遺伝情報の読み取り易さに雌雄で差をつける。
中段:読み出される遺伝情報の差によって、神経細胞のかたちに性差がつくられる。
下段:神経細胞のかたちが違う結果、脳内に組み立てられる神経回路に違いが生じ、行動の性差となって表れる。

用語説明

*1 fruitless遺伝子:同性愛行動を示すsatori突然変異の原因遺伝子。そこから読み取られる mRNAは雌雄で異なる編集を受ける結果、雄でのみ意味のある暗号を含むようになる。その暗号によって作られるFruitlessタンパク質はそのため雄だけで作られる。Fruitless タンパク質はその構造に基づき、DNAに結合して結合相手の遺伝子(標的遺伝子)の情報の読み出しをコントロールすると推定されてきたが、それを支持する実験結果は今回の論文で初めて報告された。

*2 染色体:遺伝情報はDNAの塩基配列に担われている。DNAの二重らせん分子はヒストンと呼ばれるタンパク質の芯棒に巻き取られてクロマチンという構造をとる。クロマチンはさらに 3段階の折り畳みを経て、染色体をつくる。ヒストンがプラスに帯電している一方でDNAはマイナスに帯電しているので、両者が引き合い、折り畳まれる。遺伝情報を読み出すには、これをほどく必要がある。ある酵素が働いてヒストンにアセチル基をくっ付けると、プラスの電荷が失われて、ヒストンとDNAの結びつきが弱まり、遺伝情報が読み出されるようになる。

*3 HDAC1とHP1a:HDAC1はヒストン(*2参照)からアセチル基を取り除く酵素であり、これが働くと遺伝情報が読み出しにくくなる。HP1aもヒストンと DNAの結びつきを強める作用を持つことが多いが、逆に遺伝子の読み取りを容易にする働きもあり、Fruitlessとともに働く場合は読み出しを助ける方向に作用していると考えられる。

論文題目

Ito, H., Sato, K., Koganezawa M., Ote, M., Matsumoto K., Hama C. and Yamamoto, D. (2012)

Fruitless recruits two antagonistic chromatin factors to establish single-neuron sexual dimorphism.

Cell 149, 1427-1338.



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