研究内容

1.行動

 当研究室のテーマを一言で表現するとしたら、「行動」となる。動物の行動がどのように生み出されるのか、その仕組みの研究である。当然、出発点は動物が示す行動の観察である。動物行動学の強い影響を受けた私自身には、本能行動の理解が第一、という思い込みがあり、本能行動を支える遺伝的仕組みの解明を柱に据えて研究を行っている。学生時代、Caltechのシーモア・ベンザーのラボから出た二つの論文に衝撃を受けた。どちらも、キイロショウジョウバエに突然変異を誘発し、遺伝子一個に変異が起こるだけでハエの行動ががらりと変わってしまうという内容であった。一つは1971年に北米科学アカデミー会報(PNAS)に発表されたサーカディアンリズム変異体、periodの分離の報告1)、もう一つは1976年にやはりPNASに発表された学習障害突然変異体dunceの分離を報じた論文2)である。period遺伝子の機能が変わると、ハエが夜型になったり朝型になったり、あるいは無リズムになってしまったりする。dunceは英語で“バカ”の意で、匂いと電気ショックの古典的条件付けがうまくできなくなる。こんなたいそう・・・・なことが、遺伝子一個の変化で簡単におこってしまうのか! いったいその遺伝子は何者なんだ?? と興奮した。論文はこの突然変異の原因遺伝子を突き止めれば、行動を組み立てている分子の本体がわかるであろう、との一文で締めくくられている。その後も、単一遺伝子変異によって劇的な行動の変化が起こることを報じた論文は出続けるのだが、論文の結びの言葉は上といつも同じで、いっこうに「原因遺伝子はこのタンパク質をコードする」という論文はあらわれないのであった。フラストレーションはたまるばかり。だが、研究者たちを責めるのは詮無きことである。なぜなら、DNA組換えの実験がやっと成功したのが私の大学入学年、1972年であり、その後、研究者たちによる技術使用の自主規制とガイドライン作成といった困難を経て、ようやくこの技術は実用段階へと入る、そんな時代だったからである。キイロショウジョウバエで遺伝子クローニングが一般化するのは1980年代にはいってからであり、perioddunceのクローニングはそれぞれ1984年、1986年に発表されている3-5)

 学生時代のこの興奮を心の隅に抱きながら、私は研究者となって最初の十数年間、神経生理学、薬理学の研究に専念していた。細胞膜の電気的興奮、シナプス膜の化学興奮、その薬物による修飾といった研究である。1988年になって転機が訪れた。三菱化学生命科学研究所の研究員だった私は、その年始まった新しい仕組みである提案型のプロジェクトに手を挙げて採択され、ついにショウジョウバエの行動の遺伝解析に手を染めることになったのである。すでにperioddunceの研究は大きく発展しており、自分のニッチを確保できる場所はどこだろうかと考えた。最初は、「刷り込み」の突然変異体を分離して、本能と学習の架け橋となる分子メカニズムを解明しようと野心を燃やしたが、ショウジョウバエの刷り込みは困難を極めた。そこで一歩退却して、ごりごりの本能ともいうべき性行動に射程をあわせてみると、これは見事に命中し、1年のうちに7つの性行動異常突然変異体の分離を実現した。その後さらに1変異体を追加し、計8個の性行動異常突然変異体を手にした。この8つの突然変異体の解析が今日に至るまでの30年余り、ヤマモト系の主たる研究となってきた。

 キイロショウジョウバエの性行動は、精緻を極める。雄は雌を見つけるとそちらに向き直り(orientation)、追跡(following)を始める。前脚で雌の腹部をたたき(tapping)、脇に走り寄るやすぐに片方の翅を震わせて、種に固有の羽音、ラブソングを発する(singing)。雌の左右に回り込みながら雄がラブソングを歌い続けると、やがて雌は立ち止まる傾向を示す。すると雄は雌の後ろに回り込んで交尾器をなめる(licking)。雌は雄を受け入れるモードになると翅を立てて交尾口を開き、雄はマウントを試みる(attempted copulation)。そして交尾。15−20分の交尾(copulation)ののち、雄は雌の背から降り(disengagement)、さよならとなる。

courtship

 ではここで、私たちが分離に成功した性行動突然変異体を紹介しよう。satoriは雄が雌にほとんどまったく求愛しないことから「悟り」と命名した変異体である。croakerは雄のラブソングのこぶし・・・が回りすぎて雌に持てなくなってしまう。platonicの雄は求愛ばかりしていて交尾しない。okinafickleの雄は交尾時間がわずか1分未満、かと思えば50分もしてみたり。lingererは雄が交尾器を外せなくなってしまう。一方、雌が行動異常を示すものとしては、spinsterchasteがあり、どちらも極度の雄嫌いで、雄が寄ってくると蹴散らかして追っ払い、おかげで不妊である。

 こうして、研究対象は整った。いまこそ、学生時代のフラストレーションを払拭するまたとない好機だ。いったい、原因遺伝子はどんな面子なのだろうか。ゲノムプロジェクトでゲノムの全配列がわかっている今とは違い、新しい突然変異体の発見は即、新規遺伝子の発見へとつながる時代にいた。国の最大級のプロジェクトであるERATOに採択された1994−1999年の5年間で、8つの突然変異のうち、6つまで、原因遺伝子のクローニングに成功した6-11)。そこにはクローニング戦国時代を勝ち抜いた歴史秘話が多々眠っているのだが、その話はまた後日にしよう。結局、原因遺伝子をその時点で解明できなかったのはcroakerplatonicの二つである。

 2011年、今更のようにこの「未解決問題」に再び挑戦する日がやってきた。今ではキイロショウジョウバエのゲノムは高精度に解析されていて、ちょっとでも配列情報がありさえすれば、そのマッピングはたやすい。10年前とは隔世の感がある。まずはplatonic。その昔の実験ノートを取り出して、当時本命視して解析していたコスミドクローンの番号を検索すると、ラッキーにもその一つと一致するものがデータベース上に存在していたのだ。この幸運を突破口にplatonicの正体が突き止められ、その成果は2016年に論文に結実した12)。そして最後に残ったcroakerについても、この2年で原因遺伝子がほぼ特定出来たのである。このように、自前で手に入れた性行動の突然変異体から始まった遺伝子研究は、今、この時にも進行中なのである。クローニングした遺伝子についても、その具体的機能の詳細は、今後の研究に委ねられているわけで、当研究室の重要な研究テーマとなっている。


  1. Konopka, R. and Benzer, S. (1971)
  2. Clock mutants of Drosophila melanogaster.

    Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 68, 2112-2116.


  3. Dudai, Y., Jan, Y-N., Byers, D.,Quinnt, W. G. and Benzer, S. (1976)
  4. dunce, a mutant of Drosophila deficient in learning.

    Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 73, 1684-1688.


  5. Bargiello, T.A., Saez, L., Baylies, M. K., Gasic, G., Young, M. W. and Spray, D. C. (1987)
  6. The Drosophila clock gene per affects intercellular junctional communication.

    Nature 328, 686-691.


  7. Reddy, P., Zehring, W. A., Wheeler, D. A., Pirrotta, V., Hadfield, C., Hall, J. C. and Rosbash, M. (1984)
  8. Molecular analysis of the period locus in Drosophila melanogaster and identification of a transcript involved in biological rhythms.

    Cell 38, 701-710.


  9. Chen, C. N., Denome, S. and Davis, R. L. (1986)
  10. Molecular analysis of cDNA clones and the corresponding genomic coding sequences of the Drosophila dunce+ gene, the structural gene for cAMP phosphodiesterase.

    Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 83, 9313-9317.


  11. Ito, H., Fujitani, K., Usui, K., Shimizu-Nishikawa, K., Tanaka, S. and Yamamoto, D. (1996)
  12. Sexual orientation in Drosophila is altered by the satori mutation in the sex-determination gene fruitless that encodes a zinc finger protein with a BTB domain.

    Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 93, 9687-9692.


  13. Baba, K., Takeshita, A., Majima, K., Ueda, R., Kondo, S., Juni, N. and Yamamoto, D. (1999)
  14. The Drosophila Bruton’s tyrosine kinase (Btk) homolog is required for adult survival and male genital formation.

    Mol. Cell. Biol. 19, 4405-4413.


  15. Nakano, Y., Fujitani, K., Kurihara, J., Ragan, J., Usui-Aoki, K., Shimoda, L., Lukacsovich, T., Suzuki, K., Sezaki, M., Sano, Y., Ueda, R., Awano, W., Kaneda, M., Umeda, M. and Yamamoto, D. (2001)
  16. Mutations in the novel membrane protein Spinster interfere with programmed cell death and cause neural degeneration in Drosophila melanogaster.

    Mol. Cell. Biol. 21, 3775-3788.


  17. Kuniyoishi, H., Baba, K., Ueda, R., Kondo, S., Awano, W., Juni, N. and Yamamoto, D. (2002)
  18. lingerer, a Drosophila gene involved in initiation and termination of copulation, encodes a set of novel cytoplasmic proteins.

    Genetics 162, 1775-1789.


  19. Lukacsovich, T., Yuge, K., Awano, W., Asztalos, Z., Kondo, S., Juni, N. and Yamamoto, D. (2003)
  20. The ken and barbie gene encoding a putative transcription factor with a BTB domain and three zinc finger motifs functions in terminalia development of Drosophila.

    Arch. Insect Biochem. Physiol. 54, 77-94.


  21. Juni, N. and Yamamoto, D. (2009)
  22. Genetic analysis of chaste, a new mutation of Drosophila melanogaster characterized by extremely low female sexual receptivity.

    J. Neurogenet. 23, 329-340.


  23. Yilmazer, Y., Koganezawa, M., Sato, K., Xu, J., and Yamamoto, D. (2016)
  24. Serotonergic neuronal death and concomitant serotonin deficiency curb copulation ability of Drosophila platonic mutants.

    Nat. Commun. 7, 13792.




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