テラヘルツ連携研究室(フロンティアICT領域技術)    - テラヘルツ帯の有効利用による快適な社会の実現 -

概要

 Beyond 5G時代の更なる通信の高速化・大容量化が期待される将来の情報通信基盤を実現するため、 テラヘルツ波ICT・センシング技術を支える計測・評価・実装・利活用を 行うプラットフォーム基盤技術の研究開発を実施している。 特にテラヘルツ帯電波特性やデバイス周波数特性等の計測評価技術の開発を通じ、 テラヘルツ帯電波を利用した様々なシステムの計測評価基盤を構築するとともに、 テラヘルツ波ICT・センシング技術確立の加速化に向けた利用促進を目指している。 これらの研究開発成果を基にテラヘルツ波ICTシステムの社会実装に向け、周波数割当て をはじめとする国際標準化活動等の推進に貢献する。
 令和3年度は、テラヘルツ送受信基盤技術や、テラヘルツスペクトラム計測のための 基盤技術を重点課題として研究開発を推進し、研究開発成果を最大化するための業務として、 ITU-RやIEEE802等のテラヘルツ国際標準化活動を推進した。

テラヘルツ無線テストベッド基盤技術

 Beyond 5G時代に必要不可欠なテラヘルツ通信技術実現のため、 広帯域な光ファイバー通信技術等を活用したテラヘルツ波信号生成・受信技術 の検証を実施している。一般的に搬送波周波数300 GHzを超えるテラヘルツ波は 波長が1 mm程度以下と短いため回折現象が引き起こされにくくビーム状の無線通信様態となるが、 通信リンク確立のためには小型かつ高性能なアンテナ技術が必要不可欠である。 また、毎秒100ギガビットを超える超大容量テラヘルツリンクの実現には、 周波数利用効率が高い多値変復調方式の採用が必要不可欠であり、 高精度な変復調方式のテラヘルツ通信への最適化、 低雑音かつ高周波動作が可能な高精度信号源の実現が重要課題である。
 令和3年度は、周波数300GHzを超えるテラヘルツ通信用アンテナの 特性計測技術の構築を行い評価技術の確立を目指した。 図1にNICT6面大型電波暗室内に構築した、テラヘルツ帯アンテナ遠方界計測系の概要を示す。 テラヘルツ送信側と受信側を13m程度離隔し、受信側アンテナを回転させることで アンテナ放射パターンを計測するシステムである。 本計測システムを利用し、オフセットパラボラアンテナやカセグレンアンテナ、標準ゲインホーンアンテナ等 のアンテナ放射パターン計測を実施した。計測結果は評価を行い、アジア太平洋州における国際標準化機関である アジア・太平洋電気通信共同体(APT)下のAPT無線グループ(AWG)においてテラヘルツ無線技術レポート文書案への 寄与を実施した。
 また、テラヘルツ通信信号の低雑音化を目指し、 注入同期型光電気発振回路技術を用いた位相雑音補償技術の検証を実施した。 光ファイバーループ回路による高Q値と長共振器長により位相雑音が低減できる光電気発振回路へ、 従来技術によるミリ波・テラヘルツ信号を入力することで、位相雑音を低減させる方式である。 周波数102GHzの信号を入力した結果、周波数オフセット2kHz時の単側波帯位相雑音が5dB改善される効果を得た。 この技術を送受信機局発信号源として用いることにより、 周波数間隔の狭いマルチキャリアシステムでの多値変復調技術が実現できるものと期待される。 


図1. 構築したテラヘルツ帯アンテナパターン遠方界計測システム(上)と計測したカセグレンアンテナの放射パターン(下)

テラヘルツスペクトラム計測基盤技術

 テラヘルツ帯におけるスペクトラム計測はこれまで、 波長分散型分光器やフーリエ変換赤外分光光度計、テラヘルツ時間領域分光法等 によって行われてきたが、同帯域における周波数標準及び出力標準が存在しないため 確度が低く、テラヘルツ光利用開拓が他の領域に比べ遅れている「テラヘルツギャップ」 と呼ばれる一因となっていた。そこで、高確度なテラヘルツ帯スペクトラム計測の実現を 目指し、先進的な発生・制御・計測等の基盤技術が既に確立している光波帯(近赤外光) との相互波長変換を利用した国家標準トレーサブルな高確度テラヘルツ光発生・制御・計測手法 を提案している。
 図2(a)にテラヘルツスペクトラム計測基盤技術の概要を示す。 非線形光学結晶を利用した波長変換を行う際、計測対象となる「テラヘルツ光」 のスペクトルは、変換後の「近赤外光」のスペクトルに反映される。 そのため、周波数制御技術や周波数標準が既に確立している近赤外光領域において国家標 準トレーサブルな基準光を用意すれば、測定対象との周波数差に相当する変換された近赤外 の光領域に準じた高確度な計測が可能となる。 基準となる励起光として、国家標準にトレーサブルな光基準信号を光ファイバーにより導入し、 高強度化して波長変換時の励起光かつ周波数基準とした。 図2(b)に基準光(1.54μm)出力の励起光(1,064 nm)エネルギー依存性を示す。 入射光が約40μJ/pulseのとき、励起光エネルギーが増加するにつれて基準励起光エネルギーが単調に増加し、 最高出力は励起光エネルギーが約1.7mJ/pulseのとき、約0.34mJ/pulseであった。 これはピーク出力約0.51 MWに相当し、光ファイバーから供給される光基準信号(約5 mW) から8桁程度の高出力化を実現した。波長変換による高確度テラヘルツ光計測に十分であるが、 計測範囲の広帯域化及び高感度化を目指して更なる高輝度化を進める予定である。

図2. (a)波長変換によるテラヘルツスペクトラム計測概要, (b)基準光出力の励起光エネルギー依存性

国際標準化活動

 275GHz以上のスペクトラムの標準化に向けたITU-Rでの活動を行い、下記の成果を得た。 

  1. 2021年のWP1A会合では、レポートSM.2352-0の改定に向けた作業文書の格上げ提案を行い、 レポート改定草案として次会合にキャリーフォワードした。
  2. 2021年のWP5A会合では、新レポートM.[2 52-296 GHZ.LMS.FS.COEXIST]に向けた作業文書の更新を行い、 さらにレポートM.2417-0の改定に向けた作業文書の格上げ提案を行い、 レポート改定草案として次会合にキャリーフォワードした。
  3. 2021年のWP5C会合では、レポートF.2416の改定に向けた作業文書の格上げ提案を行い、 レポート改定草案として次会合にキャリーフォワードした。 さらに追加したアンテナパターンは勧告F.699の改定にも貢献し、 周波数範囲の450 GHzまでの拡張への審議に貢献した。
  4. 2021年のWP5D会合では、将来技術に関する新レポートに対してTHz技術を追加する貢献を行った。
  5. 2021年のAWG会合において、252-296 GHz帯固定システムに関するAPTレポート及び ウクォークスルーイメージングシステムに関するAPTレポートの成立に貢献した。
  6. 2021年のAPG会合において、WRC-23議題10に対してTHz標準化動向を紹介し、APT暫定見解案に貢献した。
 また、無線機器の標準化を進めている IEEE802標準委員会においては、 WSN(Wireless Specialty Networks)システムで初めての 300GHz帯無線標準規格であるIEEEstd 802.15.3dが2017年10月に出版されたが、 ITU-RWRC-19で追加された新脚注5.564Aの周波数帯域に合わせた修正検討のため、 新たなタスクグループ(IEEEstd 802.15.3 ma)が2022年1月の会合において設置され、 テラヘルツ研究センター長の寳迫 巌が同タスクグループの副議長に就任し、 同年3月の会合から修正のための提案募集などの作業が始まった。 最大450 GHzまでの周波数帯の拡張、優先度マッピングのため参照している IEEE Std. 802.1D-2004の廃止に伴うIEEE Std.802.1Qへの入れ替え、 バックホール/フロントホール等の長距離伝送における再送信フレーム間スペース(RIFS) の適正化等を予定している。Standing CommitteeTerahertz(SC THz)では、 テラヘルツ研究センター長の寳迫 巌が引き続き同Committeeの副議長として参画している。 ITU-Rの該当Working Partyとの連携を取りつつ、 IEEE std 802.15.3 dの周波数テーブルの修正等を行う予定である。



・テラヘルツ連携研究室_令和2年度の活動

・テラヘルツ連携研究室_令和元年度の活動