私たちの研究室では、動物の行動が起こる仕組みを、分子(遺伝子)・細胞(脳)・個体のレ ベルで解明していくことを目指しています。
リチャード・ドーキンス(Richard Dawkins)の『利己的な遺伝子』(“The Selfish Gene”)は、新しい世界観を提起したものととらえられて1990年代、世界を席巻した。ある一つの生物個体の適応度を低下させるかに見える形質であっても、その個体と共通の遺伝子(アリル)を持つものたちの総和としての適応度を上昇させるのであれば、その不利に見える形質は存続し、その形質をもたらすアリルは集団中に維持される、つまり淘汰(選択)によって保持されるというのがそのエッセンスであろう。“個体ではなく遺伝子の利害によってことは決まる”と打ち出したところが、斬新な発想と受け止められてブレークしたのではなかろうか。これは、突然変異と淘汰による形質の進化という正統的なダーウィニズムをセンセーショナルな表現で言い換えたものとも言え、遺伝子という遺伝子は全てそんな挙動をとるということである。より狭義の意味での利己的遺伝子は、その持ち主に実害を負わせてしまう存在である。上記のWolbachiaも、宿主の昆虫にとって不利益をもたらす限り、利己的な存在といえる。そこで、この利己的な性質を
キイロショウジョウバエのSxl変異体雌に、変異によって失われた生殖幹細胞を回復させるWolbachia因子として、我々はTomOを同定したのだったが、その翌年になって、Wolbachiaによる宿主操作のうち最も一般的な細胞質不和合性を媒介するWolbachia側の分子実体がついに明らかにされた。これはWolbachiaが持つプロファージ(細菌に寄生するファージ)のペアになった遺伝子(オペロン)で、それぞれCidAとCidB(Wolbachia系統によって別名cifAとcifB)と命名されている41, 42)。CidBが宿主に危害を加える脱ユビキチン化酵素であり、CisAはCisBに結合してその機能を邪魔する能力がある。要するに感染虫の卵と感染虫の精子が合体すると、CisAがよく効いてCisBが悪さをできず、受精卵はちゃんと発生するが、感染雄と非感染雌の組み合わせだとCisBを十分は抑えられないと言うことのようである。これは、毒と毒消とをセットで持ち、毒消の分解がより速く起こるようにして、そのペアの保持者だけが生き長らえるようにする手であり、様々な利己的遺伝子(狭義)に共通してみられる戦術なのだ。
ところで、進化が生んだ利己的機構は、また進化による封じ込めによって機能しなくなる可能性がある。また、Wolbachiaには宿主特異性があり、人が直面している数ある難局に、この個別的手段が処方箋となることはない。そこで我々は、“どんな生物にも適用可能”な人工利己的遺伝子の作成を十年以上にわたって試みてきた43)。「これは行けそう!」という段階に来ているが、解決すべき問題はまだ残っている。人工利己的遺伝子が宿主個体群の中でどのように広がっていくのか、集団レベルでの解析がさらにその先で我々を待っている。
Photo by James Gathany
Public Health Image Library (PHIL), Centers for Disease Control and Prevention
Science 340,
748-751.
A Wolbachia deubiquitylating enzyme induces cytoplasmic incompatibility.
Nat. Microbiol. 2, 17007.
Prophage WO genes recapitulate and enhance Wolbachia-induced cytoplasmic incompatibility.
Nature 543, 243-247.
利己的遺伝子により形質転換個体の比率を増加させる方法.
2000.8.17.
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