研究内容

5.共生


 山元研は、個体レベルを超えた領域にも研究の網を広げている。もともと寄生体であったミトコンドリアを“手なずけ”、呼吸装置にしてしまった我々の遠い祖先生物を思い返すまでもなく、異なる生物体がお互いの利害を巡ってさや当てを繰り返す中で様々な相互関係が築かれている。共生はまさにその“花形”である。昆虫の共生微生物のなかでも繁栄を極めているものにWolbachiaがある。これはリケッチャの仲間で、野外昆虫の半分が持っていると言われている。Wolbachiaは卵を介して垂直伝搬するので、その効率を上げるような宿主操作をする。たとえば感染雄が非感染雌と交尾すると卵の発生が阻止される細胞質不和合性、宿主の雄を殺して雌だけにしてしまう雄殺し、雄を雌にかえてしまう性転換、感染宿主雌に単為生殖を誘導、といった具合である。私は、Wolbachia感染が宿主の雄を完全に雌に性転換するワザに魅了された。さいわい、キイロショウジョウバエにもWolbachia感染集団がおり、細胞質不和合性を示す。さらに、性決定カスケードのtraの直接の上流因子、Sexlethal (Sxl)遺伝子に変異が生じて不妊となった雌が、Wolbachia感染によって妊性を回復するとの知見もあった38)

 2004年、まだ山元が早稲田大学で研究室を主宰していた頃に、東大の蚕糸で博士課程を修了したばかりの大手学が助手に着任した。私は彼にWolbachiaによる宿主操作の分子機構解明を試ることを持ちかけた。以来、12年に亘って大手はこの難題と格闘することとなる。私はSxl変異体での姙性回復効果を指標に、表現型の修飾因子を探索する遺伝学的手法を提案したのだが、分子生物学が得意の大手はだんだんと分子的アプローチへと傾斜して行った。結局はパルスフィールド電気泳動でWolbachiaゲノムを取り出し、ゲノムDNAライブラリーを培養ハエ細胞の生死を目安にスクリーニングすると言う大手流によって、ホストに毒性を示すWolbachiaゲノム断片を回収してきた。このちょっと強引な方法で得られたWolbachiaの遺伝子、キイロショウジョウバエのSxl変異体雌の卵巣に強制発現させると、な、なんと、変異によって失われていた生殖幹細胞(将来の卵を生みだす細胞)が復活して出来てきたのである!つまり、Sxl変異体の雌に対して、感染したWolbachiaが姙性を回復させる、その機構の核心部が、この一個のWolbachia遺伝子の働きによって担われていたのだ。宿主の病気(Sxl変異)の症状を軽減させることで自身の存続を図るというWolbachiaの生き様は、この遺伝子によって支えられている。宿主のハエにとっては、共生菌によって救われることになる。持つべきものは「友」。と言うことで、われわれはWolbachiaのこの遺伝子をTomOと呼ぶことにした。但し、公式にはTomOToxic Manipulator of Oogenesis(毒性を有する卵巣操作因子)の略号、と言うことにしてある。この研究を始めて10年経ったこの頃の大手は、卵巣にTomO発現幹細胞クローンを誘導し、突然変異バックグラウンドで特異抗体を使った免疫染色をする、超一流発生遺伝学者になっていた。この成果は、2016年6月に論文として公開され、Wolbachiaが宿主操作に用いる分子を同定した世界最初の研究となった39)



  1. Starr, D. J. and Cline, T. W. (2002)
  2. A host parasite interaction rescues Drosophila oogenesis defects.

    Nature 418, 76-79.


  3. Ote, M., Ueyama, M., and Yamamoto, D. (2016)
  4. Wolbachia Protein TomO Targets nanos mRNA and Restores Germ Stem Cells in Drosophila Sex-lethal Mutants.

    Curr. Biol. 26, 2223-2232.








「4.進化」へ
「6.人工利己的遺伝子」へ

Designed by CSS.Design Sample