私は福祉工学といわれる分野を三十数年研究してきました。学生時代に電子工学の技術を人工心臓やCTスキャンなどに応用する医療工学分野の研究をしていましたが、音楽家の叔父の影響で聴覚障害の人に音楽を聴いてもらおうという研究を選びました。
福祉工学は、人が失った「見る」「聞く」などの感覚や手足の機能を機械で補助したりする工業分野です。現在の医療技術でも治癒することが難しく、障害が残っている人たちを対象としています。
一般に工学は、機器設計のベースになる物理や化学などのサイエンスがあり、それを使う人たちすなわちマーケットがあって成り立つものですが、私が研究をはじめた福祉工学の分野にはその両方がありませんでした。たとえば補聴器の研究では、音が聞こえるようにするためには、ただ音を強くするだけではだめな場合が多いんですね。耳から声が入って理解するのは脳ですが、良く聞き取れない場合には声をどのように変えればその脳で分かるようになるかを調べることが必要なのです。しかし、私が研究を始めたころは脳の言葉の処理についてほとんど解明されていませんでした。
眼鏡ならば光学を拠り所にして設計できるのですが、聴覚障害を支援する機器の設計の拠り所がなかったといえます。さらに重度聴覚障害者となると日本の人口1億2千万人の中の約30万人ですから、商品化してもマーケットはとても小さい。でも、これはチャレンジングな分野だと思い、実験を積み重ねて福祉工学の根拠となるサイエンスをつくることに取り組んできました。
最近は今までとはすっかり状況が変わりまして、脳科学で生体のことがずいぶん科学的に調べられるようになってきました。それが聴覚・視覚障害者のための支援機器設計の拠り所になります。
※医療技術と福祉技術の違い※
【図の内容】
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原本作成日: 2007年3月2日; 更新日: 2019年8月19日;