杉妻さんは5Gを活用した取り組みを手掛けられたそうですね。具体的な内容を教えてください。
杉妻:2019年下旬頃まで、5Gを活用した遠隔教育を院内学級(病院内に設置された特別支援学級)で行いました。ちょうどコロナ禍が始まる直前に実施していた試みです。当時、「遠隔教育」はイメージされていなかったのですが、パンデミックによって遠隔教育が日本中の教育現場で必要とされ、今では当たり前になりました。
このリサーチさせていただいた広島の院内学級には、小さい頃から入院している小学生の子がいました。その子は、算数の授業で「リンゴをいくつ買いました。お釣りはいくらでしょうか?」という問題に対して、計算することはできるのですが、お釣りがイメージできないという課題がありました。それは実際にお店で買い物をした経験がないためその場面をイメージできなかったのです。院内学級を担当する先生からそのような実体験の必要性についてお話を伺ったことが、プロジェクトの大きな起点になっています。
知識として学ぶこと以上に体験が必要なのですね。その体験授業は、映像で見ることとどのように違うのでしょうか。
杉妻:プロジェクトは、沖縄美ら海水族館や八景島シーパラダイスにご協力いただき行いました。水族館と院内学級を5G等の高速通信を活用して繋ぎ、水槽内に水中ドローンを潜らせVRヘッドマウントディスプレイで水槽内の映像を360°全天球で観ながら遠隔操縦することで、実際に自分が大きな水槽の中に潜って、潜水艦のパイロットになったような感覚になって、魚と同じ視点で水槽の中を移動することを疑似体験できます。かなりリアルに近いので、水槽の高さを見て恐がる子どもや、接近してくるサメに怖がる子どもも多かったですね。誰かに見せられた映像とは異なり、自分で自由に移動できる感覚は、とても刺激的だったようです。
後で院内学級の先生にお聞きしたところ、子どもたちは自分の病室に戻ってからも、ベッドの上で色々な人にその時に体験したことをイキイキと話していたそうです。普段、そのような様子をみせることは少ないそうで、その様子を見た先生や看護師さんが、とても喜んでくれました。それは、数字では表すことができない大きな効果だったと感じています。
また、テクノロジーについてお話しすると、ここで活用した水中ドローンは実は富士通の技術ではありません。プロジェクトは、ベンチャー企業の力を借りて実現したのです。このような他業種との共創をデザインすることは、とても大きな役割を果たした意味合いのあるプロジェクトだったと感じています。
これから仮想空間がますますリアルに近づき、現実の空間もセンシングが進み、2つの空間は融合していくと思います。その仮想空間を現実世界と重ねて行く時に、すごく通信の役割は重要になると思うのです。5Gを活用した遠隔教育の取り組みは、富士通の最先端技術とデザインの力で人の幸せをつくりたい、という自分の思いを実現できた、未来に誇れるプロジェクトです。
院内学級で学ぶ生徒に向けた水族館の校外学習の様子