リモートセンシング研究室

フェーズドアレイ気象レーダー

最先端レーダーでゲリラ豪雨予測

近年、突発的・局地的な大雨をもたらす「ゲリラ豪雨」による災害が増えて社会的な問題となっています。このような局地的豪雨は、気象庁等による現業気象レーダー観測に基づく短時間予報である高解像度降水ナウキャストや数時間先までの数値モデルによる予報では発生場所や時間を正確に予測するのは困難です。その理由の一つが現業気象レーダーによる3次元観測に5分程度の時間がかかることです。

フェーズドアレイ気象レーダープロジェクトでは、ゲリラ豪雨予測を目指して30秒間で詳細な3次元観測を実現するフェーズドアレイ気象レーダー(PAWR)の開発を進めています。突発的に発生するゲリラ豪雨でも地上に雨が降り出す10分以上前に上空で雨粒が形成されています。従って30秒ごとに詳細な3次元観測が可能なPAWRを用いればその短時間予測の精度向上が期待されます。さらにはこの詳細な3次元データを数値モデルに組み込むビッグデータ同化の技術を使えば、数十分先の豪雨予測も可能になると考えられています。

フェーズドアレイ気象レーダー(PAWR)の原理

PAWRは、フェーズドアレイによる高速にビーム走査する技術に、仰角方向に10°程度のファンビームを送信し、100台以上の受信器でのデジタル信号を合成することで、同時に10本以上のペンシルビームを形成する技術(デジタルビームフォーミング)を加えることで、0.1秒程度の短時間で、仰角0°から90°の鉛直断面の観測を実現します。これに機械的にアンテナを方位方向360°回転させることで、30秒間で100仰角以上の詳細で密な3次元観測を実現します。PAWRは、2012年に大阪大吹田キャンパスに初号機、2014年に神戸の未来ICT研究所、沖縄の沖縄電磁波技術センターに2号機・3号機が設置されました。

水平・垂直の二重偏波を用いたマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダー(MP-PAWR)が開発され、2018年に埼玉大に初号機が設置されました。2号機・3号機が、大阪大吹田キャンパスと神戸の未来ICT研究所で近いうちに開局されます。MP-PAWRを用いると水平・鉛直偏波の違いを用いて高精度な雨量推定が可能となります。また、二重偏波によって雨・雪の識別を含む降水粒子判別が可能となります。

PAWR/MP-PAWRによる応用研究

PAWR/MP-PAWR で観測されるデータは従来気象レーダーの100倍ほどのデータレートとなり、この大容量データをリアルタイムで利活用するためにユーザー最適型データ提供に関する要素技術の研究開発が令和4年度(2022)から開始しました。ここではAIを用いてデータ圧縮を行うことで十分なネットワーク速度が得られない状況でも必要なデータを抜けなく転送する技術と、さまざまなユーザーそれぞれにとって最適となる観測データを提供する技術が開発される予定です。リアルタイムで転送されるデータを用いてスーパーコンピューターによるビッグデータ同化の実験やスマホアプリによるデータ公開の実証実験を行っています。

PAWRの今後の展望

短時間で詳細で高精度な降水の3次元観測を行うことができるMP-PAWRは国交省のX-MPレーダーと同等の性能を実現しています。さらなる実証結果を積み上げることで現業化を目指します。

関連する論文・情報など

次世代レーダープロジェクト(ウィンドプロファイラ)

ウィンドプロファイラ(WPR)による風測定の原理

ウィンドプロファイラ(以下WPR)は、上空に電波を発射し、大気からの微弱な反射波を受けて、そのドップラーシフトから上空の風を測定する装置です。NICTでは現在ルネベルグレンズアンテナを13個有するLQ-13というWPRを用いています(図1)。鉛直・北・東・南・西の5方向に電波を発射し、各視線方向のドップラーシフトからベクトル合成して上空の風速と風向を導出します(図2)。

ウィンドプロファイラ LQ-13

図1: ウィンドプロファイラ LQ-13

WPRの観測原理

図2: WPRの観測原理

アダプティブクラッター抑圧(ACS)

ACSによるクラッター除去の例

図3: ACSによるクラッター除去の例

WPRの課題の一つに、クラッター(非所望波)の混入があります。電波は上空に発射され、アンテナの周りにはクラッターフェンスと呼ばれる金属製の囲いもされていますが、それでも電波は上空以外に漏れ出して、地面・建物・自動車や航空機など様々なものからの反射波(クラッター)が返ってきます。これらクラッターは大気からの反射波に比べて一般的に非常に強いため、クラッターによって大気観測ができなくなることがあります。

この課題を解決するためにアダプティブクラッター抑圧という技術を開発しています。これは上空に指向性を持つメインアンテナ以外に、クラッター方向に指向性をもつサブアンテナ(図1のクラッターフェンス横にある小型アンテナ)を複数台設置して、適応信号処理によりクラッターを抑圧するものです。図3に示しているのはLQ-13で得られたスペクトルデータの一例です。上の図がヘリコプターからのクラッターが混入したスペクトルで、ACSによってそのクラッターを抑圧したのが下の図です。下の図ではクラッターが抑圧され、大気エコーが検出できるようになっています。

レンジイメージング(RIM)

WPRは通常パルス状の電波を発射し、高度分解能はこのパルス幅で決まります。分解能をあげると細かい大気乱流の構造などを知ることができ航空機の安定航行などにも有用ですが、周波数帯域の制限からパルス幅を短くするのには限界があります。また、パルス幅を短くすることは発射する電波の電力を弱めることにもなるため、高高度観測にも不向きです。そこで、5つの周波数を使った周波数領域干渉計の技術開発を行いました。レンジイメージング(RIM)と呼ばれるこの技術を用いることで、長いパルス幅を用いて高高度まで高い分解能で観測することができるようになりました(図4)。

LQ-13によるRIM観測例

図4: LQ-13によるRIM観測例。左図の赤枠(①)と青枠(②)の拡大がそれぞれ右図の上下に対応している。600mの分解能に相当するパルス幅で観測しているが、右図では、100mスケールの乱流層がきれいに観測されている。

関連する論文・情報など

地デジ水蒸気プロジェクト

水蒸気の重要性

近年ゲリラ豪雨や線状降水帯など局地的で激しい気象現象が多発し、社会問題となっています。我々が開発したマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ(MP-PAWR)によってこのような豪雨が詳細に観測できるようになり、今後これらの現象の予測精度向上に向けた研究がさらに進んでいくと期待されます。その中で注目されているのが水蒸気です。気象レーダでは見えない水(=雨粒になる前の水=「水蒸気」)を捉え、より早期から水の流れを把握できれば、降雨予測の精度向上に大きく寄与できると考えられています。

地デジ放送波を用いた水蒸気量観測の原理

電波は伝搬路中の水蒸気量によって伝搬時間が変化します。この伝搬時間の変化を、全国において安定して送信されている地上デジタル放送波(地デジ放送波)を利用して計測を行なっています。例えば、電波塔から5km離れた地点で地デジ波を受信する場合、その5kmの空間の湿度が1%上昇すると、伝搬時間は約17ピコ秒(17×10-12秒)遅れます。これは、1秒間で地球を7周り半できる光がたった5mm進むだけの非常に小さな時間の遅れですが、地デジ放送波に映像・音声信号とは別に埋め込まれている信号をもとに遅延プロファイルを算出し、電波塔から直接伝わる波(直達波)と地表の事物からの反射波の位相を精密に測定し、伝搬遅延量の変動を推定し、空間積算量として水蒸気量を観測します。

観測装置とその展開

ソフトウェア無線用の実験機器で製作されたプロトタイプ観測装置が図1です。地デジ放送波に含まれるパイロット信号だけを抽出して求めた遅延プロファイルの位相変化から、伝搬遅延量を求めます。電波の送信を行わず、受信だけ行うため無線局免許不要で省電力であり、地デジ放送波の受信は市販品のアンテナ・ケーブル・増幅器などが使えるので安価に実現できます。

SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)第2期「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」研究開発項目V「線状降水帯の早期発生予測及び発達予測情報の高度化と利活用に関する研究」という研究開発プログラムの中で、日本アンテナ株式会社と共同で安定動作する小型・低消費電力の観測装置を製作し(図2)、今ではこの装置が九州に14地点展開されて観測を続けています(図3)。

プロトタイプ観測装置

図1: プロトタイプ観測装置

安定動作する新しい観測装置

図2: 安定動作する新しい観測装置

九州観測展開(2022年12月現在)

図3: 九州観測展開(2022年12月現在)

関連する論文・情報など

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