▼ フェーズドアレイ気象レーダー ▼ 次世代レーダープロジェクト(ウィンドプロファイラ) ▼ 地デジ水蒸気プロジェクト
近年、突発的・局地的な大雨をもたらす「ゲリラ豪雨」による災害が増えて社会的な問題となっています。このような局地的豪雨は、気象庁等による現業気象レーダー観測に基づく短時間予報である高解像度降水ナウキャストや数時間先までの数値モデルによる予報では発生場所や時間を正確に予測するのは困難です。その理由の一つが現業気象レーダーによる3次元観測に5分程度の時間がかかることです。
フェーズドアレイ気象レーダープロジェクトでは、ゲリラ豪雨予測を目指して30秒間で詳細な3次元観測を実現するフェーズドアレイ気象レーダー(PAWR)の開発を進めています。突発的に発生するゲリラ豪雨でも地上に雨が降り出す10分以上前に上空で雨粒が形成されています。従って30秒ごとに詳細な3次元観測が可能なPAWRを用いればその短時間予測の精度向上が期待されます。さらにはこの詳細な3次元データを数値モデルに組み込むビッグデータ同化の技術を使えば、数十分先の豪雨予測も可能になると考えられています。
PAWRは、フェーズドアレイによる高速にビーム走査する技術に、仰角方向に10°程度のファンビームを送信し、100台以上の受信器でのデジタル信号を合成することで、同時に10本以上のペンシルビームを形成する技術(デジタルビームフォーミング)を加えることで、0.1秒程度の短時間で、仰角0°から90°の鉛直断面の観測を実現します。これに機械的にアンテナを方位方向360°回転させることで、30秒間で100仰角以上の詳細で密な3次元観測を実現します。PAWRは、2012年に大阪大吹田キャンパスに初号機、2014年に神戸の未来ICT研究所、沖縄の沖縄電磁波技術センターに2号機・3号機が設置されました。
水平・垂直の二重偏波を用いたマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダー(MP-PAWR)が開発され、2018年に埼玉大に初号機が設置され、2023年度に吹田と神戸のPAWRが2号機・3号機のMP-PAWRに換装されました。MP-PAWRを用いると水平・鉛直偏波の違いを用いて高精度な雨量推定が可能となります。また、二重偏波によって雨・雪の識別を含む降水粒子判別が可能となります。
PAWR/MP-PAWRで観測されるデータは従来気象レーダーの100倍ほどのデータレートとなり、この大容量データをリアルタイムで利活用するためにユーザー最適型データ提供に関する要素技術の研究開発が令和4年度(2022)から開始しました。ここではAIを用いてデータ圧縮を行うことで十分なネットワーク速度が得られない状況でも必要なデータを抜けなく転送する技術と、さまざまなユーザーそれぞれにとって最適となる観測データを提供する技術が開発される予定です。リアルタイムで転送されるデータを用いてスーパーコンピューターによるビックデータ同化の実験やスマホアプリによるデータ公開の実証実験を行っています。
短時間で高精度な降水の3次元観測を行うことができるMP-PAWRは国交省のX-MPレーダーと同等の性能を実現しています。さらなる実証結果を積み上げることで現業化を目指します。
ウィンドプロファイラ(以下WPR:Wind Profiler Radar)は、雨がない晴れた領域(晴天域)における風速の高度分布を測定する貴重な観測手段です。WPRは上空に電波を発射し、大気の電波屈折率変動が発射電波を散乱することでWPRのアンテナに戻ってくるエコー(大気エコー)を検出します。複数のアンテナ指向方向から取得した大気エコーのドップラーシフトから、風速の高度分布が測定できます。気象庁は、WINDASと呼ばれる全国33箇所のWPR及びWPRから得られる観測データ処理システムを、気象業務に利用しています [1]。
国際的にも、気象観測においてWPR重要であることが理解されています。WPRの設計・製造・保守における技術標準を定めたISO規格(ISO 23032:2022)が、2022年に発行されました [2]。ISO規格の策定にあたっては、WPRの技術に多くの知見と経験を持つ日本の研究機関・気象庁・機器製造企業に加え、NICTも大きな役割を果たしました。
NICTでは、LQ-13と呼ばれるWPR(図1)を用いて、風速等の測定データ品質を向上させる技術の高度化に取り組んでいます。
WPRには、クラッタと呼ばれる非所望波エコーが受信信号に混入すると、風速の測定データ品質が低下する問題があります。林や森・地上の構造物・車両・鳥・航空機など、様々な電波の散乱体がクラッタの生成源となります。クラッタの強度は大気エコーの強度より大きいため、クラッタが受信信号に混入すると大気エコーの正しい検出が困難となり、風速の測定データ品質が低下します。
アダプティブクラッタ抑圧(ACS:Adaptive Clutter Suppression)は、受信信号に混入するクラッタを低減する技術です。LQ-13におけるACSでは、LQ-13のメインアンテナを構成する13台のルネベルグレンズに加えて、地表付近から到来するクラッタを検出することを目的としたクラッタ検出用サブアンテナ(図1のクラッタフェンスに取り付けた小型アンテナ)を複数台設置しています。ルネベルグレンズとクラッタ検出用サブアンテナのそれぞれから得られた受信信号を適切に重み付け合成することで、クラッタが低減できます。図2は、LQ-13で得られた、ACSによるクラッタ低減の例です。上の図が、ヘリコプタを散乱源にすると思われるクラッタが混入した受信信号のドップラースペクトルです。ACSは使用されていません。広い範囲のドップラー速度範囲にわたってクラッタが混入しているため、大気エコーが検出できていません。下の図は、上の図と同じ測定データに対し、ACSを適用した結果です。ACSによりクラッタが低減されたことで、大気エコーが検出されています。
多くのWPRはパルス波形を持つ電波を空中に発射し、高度方向の分解能(高度分解能)はパルス幅で決まります。高度分解能を向上させる(小さくする)と風速変動を細かく捉えることができますが、発射する電波の周波数幅(周波数帯域)の制限があるため、パルス幅を短くすることには限界があります。また、パルス幅を短くすると大気エコーの受信感度が低下するため、高い高度の観測にも不向きです。発射する電波の周波数を送信毎に切換えるレンジイメージング(RIM:Range Imaging)を用いると、長パルスの送信により受信感度の低下を押さえつつ、高度分解能を向上させることができます(図3)。
近年ゲリラ豪雨や線状降水帯など局地的で激しい気象現象が多発し、社会問題となっています。我々が開発したマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ(MP-PAWR)によってこのような豪雨が詳細に観測できるようになり、今後これらの現象の予測精度向上に向けた研究がさらに進んでいくと期待されます。その中で注目されているのが水蒸気です。気象レーダでは見えない水(=雨粒になる前の水=「水蒸気」)を捉え、より早期から水の流れを把握できれば、降雨予測の精度向上に大きく寄与できると考えられています。
電波は伝搬路中の水蒸気量によって伝搬時間が変化します。この伝搬時間の変化を、全国において安定して送信されている地上デジタル放送波(地デジ放送波)を利用して計測を行なっています。例えば、電波塔から5km離れた地点で地デジ波を受信する場合、その5kmの空間の湿度が1%上昇すると、伝搬時間は約17ピコ秒(17×10-12秒)遅れます。これは、1秒間で地球を7周り半できる光がたった5mm進むだけの非常に小さな時間の遅れですが、地デジ放送波に映像・音声信号とは別に埋め込まれている信号をもとに遅延プロファイルを算出し、電波塔から直接伝わる波(直達波)と地表の事物からの反射波を同時に受信し、両者の位相差を精密に測定し、伝搬遅延量の変動を推定し、空間積算量として水蒸気量を観測します。
ソフトウェア無線用の実験機器で製作されたプロトタイプ観測装置が図1です。地デジ放送波に含まれるパイロット信号だけを抽出して求めた遅延プロファイルの位相変化から、伝搬遅延量を求めます。電波の送信を行わず、受信だけ行うため無線局免許不要で省電力であり、地デジ放送波の受信は市販品のアンテナ・ケーブル・増幅器などが使えるので安価に実現できます。
SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)第2期「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」研究開発項目V「線状降水帯の早期発生予測及び発達予測情報の高度化と利活用に関する研究」という研究開発プログラムの中で、日本アンテナ株式会社と共同で安定動作する小型・低消費電力の観測装置を製作し(図2)、今ではこの装置が九州に14地点展開されて観測を続けています(図3)。
川村 誠治(室長)
2003年京都大学大学院博士後期課程修了後、日本学術振興会特別研究員(於CRL)を経て2006年NICT 入所。レーダーリモートセンシングの研究に従事。博士(情報学)。地球電磁気・地球惑星圏学会、日本気象学会所属。
佐藤 晋介(総括研究員)
1994年北海道大学博士課程修了、米国オクラホマ大学客員研究員などを経て、1995年沖縄亜熱帯計測技術センター長。衛星搭載降雨レーダー、バイスタティック偏波レーダーなどの研究開発に従事。現在はフェーズドアレイ気象レーダーの研究開発を実施。博士(理学)。日本気象学会、米国日本気象学会、地球電磁気・地球惑星圏学会、可視化情報学会所属。
花土 弘(研究マネージャー)
大学院修士課程修了後、1989年郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。2004-2007年GPM/DPR開発でJAXAへ出向。マイクロ波リモートセンシング、特に降雨レーダの研究に従事。地球電磁気・地球惑星圏学会、日本気象学会、IEEE所属。
山本 真之(総括研究員)
大学院修了後、企業勤務・大学勤務を経て2015年に情報通信研究機構に入所。大気リモートセンシングの研究に従事。博士(情報学)。電子情報通信学会、日本気象学会、リモートセンシング学会、大気電気学会所属。
河谷 能幸(研究員)
2024年京都大学大学院修士課程修了。同年、NICTに入所。フェーズドアレイ気象レーダー及び気象モデルを用いた研究に従事。土木学会・水文水資源学会、日本気象学会、米国地球物理学連合所属。
Philippe baron(Researcher)
Dr Baron has been working on remote sensing since obtaining his PhD in 1999 (Bordeaux Observatory, France). He entered NICT in 2007 (limited-term researcher) to research on passive and active sensors for the lower and upper atmosphere as well as astrophysical targets. Its main results are related to the satellite missions Odin (Sweden, 2001-) and JEM/SMILES (Japan, 2009-2011) which use THz spectroscopy. Since 2021, he has been focusing on predicting sudden thunderstorms using Multi-Parameter Phased Array Weather Radar (MP-PAWR) and artificial intelligence technique. The Japan Geoscience Union affiliation.