▼ 衛星雲レーダープロジェクト ▼ 衛星降水レーダープロジェクト
一般に気象レーダー(降雨レーダー)は、雨滴の観測には適していますが、雲を構成する微小な雲粒子の観測には感度が不足しており、観測は困難です。これは電波の後方散乱強度が粒径の6乗に比例するためであり、例えば直径1mmの雨滴と、直径50μmの雲粒とを比較すると、雲粒の散乱強度は雨滴のおよそ6400万分の1になります。
こうした微弱な散乱信号を検出するために開発されたのが「雲観測レーダー」です。レーダーの受信電力は波長の4乗に反比例するため、気象レーダーより短波長の電波(約10分の1以下)を使用すると感度を1万倍以上向上させることが可能です。当研究室では1998年に、雲粒子を高感度で観測することができる雲レーダー(SPIDER:Super Polarimetric Ice-crystal Detection and Explication Radar)を日本で初めて開発し、地上および航空機観測を開始しました。
この雲観測レーダーの開発・運用経験を生かし、当研究室は宇宙航空研究開発機構(JAXA)および欧州宇宙機関(ESA)と連携して、地球規模で雲・大気中の微粒子(エアロゾル)や放射収支を観測するEarthCARE(Earth Clouds Aerosol and Radiation Explorer)衛星ミッションに参画してきました。雲やエアロゾルの全球観測は、気候変動予測の精度向上に不可欠です。
本ミッションで当機構とJAXAが雲プロファイリングレーダー(CPR)の開発を担当し、ESAは衛星本体のほか、大気ライダー、多波長イメージャ、広帯域放射収支計の開発、打ち上げ、衛星運用などを担当しています。
なお、米国航空宇宙局(NASA)は2006年にCloudSat衛星を打ち上げ、雲レーダによる全球観測の先駆的成果を挙げています。EarthCARE/CPRはCloudSatの観測を継承しつつ、より高感度な受信性能を備え、CloudSatで観測できなかった薄い雲まで検出可能です。また、CPRにはドップラ速度測定機能が初めて搭載されており、雲粒子の鉛直速度観測が可能です。これにより、水雲と弱い雨の識別精度が向上し、雲による放射収支推定の精度向上が期待されています。
CPRは、EarthCARE衛星に搭載された他の観測測器と連携し、気候変動メカニズム解明や気候モデルの検証・改善に貢献します。
2024年5月29日7時20分(日本標準時)、EarthCARE衛星は米カリフォルニア州ヴァンデンバーグ宇宙軍基地より、スペースX社のファルコン9ロケットにより打ち上げられ、約2週間後にCPRは運用を開始し、約1ヶ月後に初期画像を公開しました。その後、順調に運用を続け、2025年1月14日には観測データを工学値変換したレベル1プロダクトが、同年3月17日には物理量に変換されたレベル2プロダクトが公開され、CPRの本格的なデータ利用が始まりました(詳細は特設サイトを参照)。
当研究室は、CPRレベル1プロダクトの処理アルゴリズムの開発をJAXAと共同で、CPRレベル2プロダクトのうち、特にハードウェアの知識を要するCPR単体エコープロダクトの処理アルゴリズムの開発を担当しています。

EarthCARE衛星の観測イメージと搭載センサ
CPRの観測性能を衛星打ち上げ後に検証するため、当研究室では地上から雲を観測する2台の高性能雲観測レーダーを開発・運用しています。
1台目は、高度15kmで-40dBZの受信感度を有する高感度雲観測レーダーHG-SPIDER(High-sensitivity Ground-based SPIDER)です。CPRの最低検出感度(-35dBZ)よりも高感度な観測が可能で、CPRの感度検証の重要な役割を果たします。
2台目は電子走査雲観測レーダーES-SPIDER(Electronic Scanning SPIDER)で、広い範囲に送信ビームを照射し、細い受信ビームを電子的に走査することで、天頂から±4度の範囲の一次元領域の雲エコー分布を瞬時に取得できます。CPRでは、フットプリント内に雲エコー強度の水平不均一があると、衛星の進行方向速度が混入し、鉛直速度測定に誤差が生じます。この誤差は地上の処理アルゴリズムによって補正されますが、アルゴリズムの有効性を確認するには高い水平分解能での雲エコー観測が必要です。ES-SPIDERはその目的に適した観測機器です。

EarthCARE衛星検証用地上雲観測レーダー
当研究室は、CPRを精度良く校正するために、3台の高性能な能動型レーダー校正器(ARC)を準備し、定期的な外部校正を実施しています。今後もCPR外部校正実験を継続し、CPRの健全性維持および観測性能の経年変化の把握に貢献します。さらに、上記2台の雲観測レーダーを用いて、CPRレベル1プロダクト・レベル2プロダクトの検証を行い、アルゴリズムの改良に努めていきます。

能動型レーダ校正器と外部校正実験風景
NICTではグローバルな地球環境問題の解決に貢献するために、人工衛星に搭載されたリモートセンサーを用いて全球的かつ高精度に把握する技術および取得された情報を分析する技術の研究開発を行っています。そのひとつとして、宇宙から降水(雨と雪)を詳細に観測できる衛星搭載レーダー(熱帯降雨観測計画の降雨レーダー TRMM PR、全球降水観測計画の二周波降水レーダー GPM DPR)をJAXAと協力して開発し、データの処理・校正・検証に関する研究を行ってきました。
観測結果の一例を以下の図で紹介します。左図は熱帯降雨観測衛星搭載降雨レーダー(TRMM PR)で観測された熱帯を中心とする領域(南北約35度の範囲)の30日の平均降水量の分布です。平均の算出にはTRMM衛星の全運用期間(1997年12月~2015年3月 全208ヶ月分)のデータを利用しました。右図は全球降水観測主衛星搭載二周波降水レーダー(GPR DPR)で観測された南北約65度の領域での 30 日の平均降水量の分布です。こちらはGPM衛星の運用期間(2014年3月~現在も運用中)のうち、2014年3月~2024年2月 の10年のデータを利用し、平均を算出しました。左図の TRMM PR の平均分布に比べ、右図の GPM DPR の平均分布では、観測領域が南北約35度から約65度と拡大していることと、データの期間が約半分で少しバラツキが大きい結果ですが、違いとして、感度の向上により、海洋上の背の低い降水活動を捉えることができ、降水量が増加している様子がうかがえます。


TRMM PR(左図)とGPM DPR(右図)で観測された全球の降水量分布
また、NICTではTRMM/GPMに続く次世代の衛星ミッションに資する将来の衛星搭載降水レーダー検討に関する研究も行ってきました。大雨をもたらすような降水雲の発生・発達・衰弱する仕組みをより深く理解するためには、降水雲内における大気の鉛直運動の情報取得が有用です。そこで、JAXAは降水レーダー衛星搭載のKu帯ドップラー降水レーダー(PMM KuDPR)を開発しており、衛星搭載降水レーダーとしては世界初のドップラー観測機能によって降水粒子の鉛直方向の動きを測定することを目指しています。KuDPRで実現するドップラー観測機能は航空機搭載合成開口レーダー(SAR)による移動体観測技術が利用されます。NICTはTRMM/GPM/EarthCAREで実現した衛星搭載雲・降水レーダーや航空機搭載SARの開発経験を活かしつつ、ドップラー処理などアルゴリズム開発による協力を進めています。

花土 弘(研究マネージャー)
大学院修士課程修了後、1989年郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。2004-2007年GPM/DPR開発でJAXAへ出向。マイクロ波リモートセンシング、特に降雨レーダの研究に従事。地球電磁気・地球惑星圏学会、日本気象学会、IEEE所属。

堀江 宏昭(研究マネージャー)
1990年電気通信大学大学院工学研究科修士課程修了。1990年通信総合研究所(2004年情報通信研究機構に改称)に入所。大学時代からレーダリモートセンシングの研究を開始し、入所後も降水・雲などのレーダリモートセンシングの研究・開発に従事。SPIDER, HG-SPIDER, ES-SPIDERの開発、EarthCARE衛星搭載CPRの開発などを務める。

金丸 佳矢(テニュアトラック研究員)
2014年名古屋大学大学院博士後期課程修了後、宇宙航空研究開発機構、東京大学を経て、19年よりNICTにて現職。人工衛星から電波を発射し、降水の強度分布を観測する衛星搭載降水レーダーの解析研究に従事する。博士(理学)。日本気象学会所属。

林 浩希(リサーチアシスタント)
2025年千葉大学大学院修士課程修了。同年、博士課程へ進学およびリサーチアシスタントとしてNICTの研究開発補助に従事。衛星搭載降水レーダー、および深層学習を用いた研究に従事。修士(工学)。水文水資源学会、リモートセンシング学会所属。

京野 祐大(リサーチアシスタント)
2026年北海道大学大学院修士課程修了。同年、博士課程へ進学およびリサーチアシスタントとしてNICTの研究開発補助に従事。衛星搭載マイクロ波放射計、および降水・雲レーダーを用いた大気中の水蒸気量の推定に関する研究に従事。修士(環境科学)。気象学会所属。

馬渕 慎也(リサーチアシスタント)
2026年富山県立大学大学院修士課程修了。同年、博士課程へ進学及びリサーチアシスタントとしてNICTの研究開発補助に従事。気象レーダデータおよび衛星データを用いた研究に従事。修士(工学)。日本気象学会、土木学会所属。

伊藤 誠人(リサーチアシスタント)
名古屋大学大学院博士前期課程修了。同大学院博士後期課程に在籍中。リモート・センシング技術センター研究員を経て、2026年よりリサーチアシスタントとしてNICTの研究開発補助に従事。衛星リモートセンシングによる大気中の水蒸気量の推定に関する研究に従事。修士(理学)。気象学会所属。