一般に気象レーダーと呼ばれる降雨レーダーは雨滴粒子の観測はできますが、雲を形成する雲粒子は受信感度が不足するために観測できません。これは粒子で後方に散乱される電波強度は粒径の六乗に比例するので、代表的な雨滴の直径を1mm、雲粒の直径を50μmとすると、雲粒の散乱強度は雨滴の約6400万分の1になるためです。
こうした微弱な雲粒子からの散乱を観測するために開発されたのが雲観測レーダーです。レーダーの受信電力は、電波の波長の四乗に反比例するため、気象レーダーより十分の一以下の短い波長の電波を使用すると1万倍以上感度を改善できます。本研究室は、こうした雲粒子を観測することができる雲レーダー(SPIDER: Super Polarimetric Ice-crystal Detection and Explication Radar)を1998年に開発し、地上や航空機からのレーダーによる雲観測を始めました。
本機構は上記の経験を生かして宇宙航空研究開発機構(JAXA)と欧州宇宙機関(ESA)と共に雲や大気中の微粒子(エアロゾル)や放射収支を全球的に観測できるアースケア(EarthCARE)と呼ばれる衛星ミッションを進めています。全球の雲やエアロゾルの観測は温暖化予測モデルの予測誤差を減らすために重要な観測項目となっています。このミッションで本機構とJAXAはこの衛星に搭載する雲プロファイリングレーダー(CPR)の開発を担当し、ESAは衛星本体、大気ライダー、多波長イメージャ、広帯域放射収支計の開発及び打ち上げ、衛星運用などを担当しています。
米国航空宇宙局(NASA)は2006年に雲レーダーを搭載したCloudSat衛星を打ち上げて、全球の雲分布を明らかにするなど大きな成果を上げてきました。EarthCARE/CPRはこうした全球雲観測を引き継ぐと共に、CloudSatより高い受信感度を達成して、CloudSatで観測できなかったエコー強度の弱い雲まで観測を拡大できると期待しています。また、EarthCARE/CPRはドップラ速度測定機能を有し、雲粒子の鉛直速度観測ができます。この鉛直速度を用いた水雲と弱い雨の識別などの改善により、雲の放射収支の精度を高めることが期待されています。
EarthCARE衛星が打ちあがった際にはCPRが予測通りの観測性能で観測できているかを検証する必要があります。その検証目的のために本研究室では地上から雲を観測できる2台の雲観測レーダーを新たに開発しました。
その内の1台が高度15kmで受信感度を-40dBZまで観測できる高感度雲観測レーダー(HG-SPIDER: High-sensitivity Ground-based SPIDER)です。CPRの雲エコーの最低検出感度は-35dBZと予測されていて、このレーダーはこの感度以上で雲が観測できるためCPRの感度検証の有効な手段となります。
もう一つのレーダーは電子走査雲観測レーダー(ES-SPIDER: Electronic Scanning SPIDER)で、ビームを電子走査することで天頂から±4度の領域の雲エコー分布を一瞬で得ることができます。CPRではフットプリント内に雲エコー強度の水平不均一があると衛星進行速度の混入により鉛直速度の測定誤差が生じます。その誤差は地上でCPRデータ処理アルゴリズムによって補正を行いますが、このアルゴリズムの有効性を確認するためには雲エコー強度のばらつきを細かな水平分解能で測定する必要があります。このレーダーはこうした水平面内のエコー強度のばらつきを観測するために必要な観測機器です。
本研究室は上記2台の衛星検証用雲レーダーを準備して、EarthCARE衛星の打ち上げに備えています。
NICTではグローバルな地球環境問題の解決に貢献するために、人工衛星に搭載されたリモートセンサーを用いて全球的かつ高精度に把握する技術および取得された情報を分析する技術の研究開発を行っています。そのひとつとして、宇宙から降水(雨と雪)を詳細に観測できる衛星搭載レーダー(熱帯降雨観測計画の降雨レーダー TRMM PR、全球降水観測計画の二周波降水レーダー GPM DPR)をJAXAと協力して開発し、データの処理・校正・検証に関する研究を行ってきました。また、将来の衛星搭載降水レーダーに関する研究も行っています。
観測結果の一例を以下の図で紹介します。左図は熱帯降雨観測衛星搭載降雨レーダ(TRMM PR)で観測された熱帯を中心とする領域(南北約35度の範囲)の30日の平均降水量の分布です。平均の算出にはTRMM衛星の全運用期間(1997年12月~2015年3月 全208ヶ月分)のデータを利用しました。右図は全球降水観測主衛星搭載二周波降水レーダ(GPR DPR)で観測された南北約65度の領域での30日の平均降水量の分布です。こちらはGPM衛星の運用期間(2014年3月~現在も運用中)のうち、2014年3月~2022年7月 全101ヶ月分のデータを利用し、平均を算出しました。左図のTRMM PRの平均分布に比べ、右図のGPM DPRの平均分布では、観測領域が南北約35度から約65度と拡大していることと、データの期間が約半分で少しバラツキが大きい結果ですが、違いとして、感度の向上により、海洋上の背の低い降水活動を捉えることができ、降水量が増加している様子がうかがえます。
花土 弘(研究マネージャー)
大学院修士課程修了後、1989年郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。2004-2007年GPM/DPR開発でJAXAへ出向。マイクロ波リモートセンシング、特に降雨レーダの研究に従事。地球電磁気・地球惑星圏学会、日本気象学会、IEEE所属。
堀江 宏昭(主任研究員)
1990年電気通信大学大学院工学研究科修士課程修了。1990年通信総合研究所(2004年情報通信研究機構に改称)に入所。大学時代からレーダリモートセンシングの研究を開始し、入所後も降水・雲などのレーダリモートセンシングの研究・開発に従事。現在、EarthCARE衛星搭載Wバンドドップラー雲プロファイリングレーダーの開発を務める。
萩原 雄一朗(研究員)
2009年東北大学大学院理学研究科博士課程修了。九州大学、宇宙航空研究開発機構を経て、20年よりNICTにて現職。ミリ波雲レーダーやライダーによる雲やエアロゾルの解析研究に従事。博士(理学)。
金丸 佳矢(テニュアトラック研究員)
2014年名古屋大学大学院博士後期課程修了後、宇宙航空研究開発機構、東京大学を経て、19年よりNICTにて現職。人工衛星から電波を発射し、降水の強度分布を観測する衛星搭載降水レーダーの解析研究に従事する。博士(理学)。日本気象学会所属。
大野 裕一(嘱託)
1988年通信総合研究所(2004年情報通信研究機構に改称)に入所。入所後、海洋レーダー、ウインドプロファイラなど海洋、気象を計測するレーダー開発に従事。2001年からミリ波雲レーダーの開発などに従事。