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iPad導入による学習効果について、どのようにお感じですか?
井上:とても大きいと感じています。要因はいろいろありますが、“正しく繰り返すことができる”という点が大きいかもしれません。計算にしても漢字にしても、学びにくさのある子どもたちは、間違いやすく、さらに間違いに気づきにくいので、一生懸命“間違いを練習”してしまいかねません。苦手なことを苦手な方法で学習しているだけでもつらいのに、その積み重ねの中で違うことを覚えてしまっていたとしたら、頑張ろうという気持ちは萎えてしまいますよね。情報の捉えや出力で混乱しがちな子であればなおさら、正しい情報に繰り返し触れることが大事だと思います。
以前、アナログの教材だけを使っていた時には、書き順の情報をとらえたり保持して再生したりがとても難しかった子が、iPadのアプリで書き順の動画を見てから書く学習に取り組んだら、「ああ、こう書けばよかったんだ。初めて分かった」と言って、すんなり書けたということがありました。
読むことや書くことに困難のない子どもは、いろいろな情報を上手につなげて学習を積み重ねていきます。しかし、そこに苦手さがある子どもにとっては、出来上がった文字を分解して、書き順という動きのある情報をとらえたり、紙に書かれた書き順の数字を手掛かりに把握したりしていくことは、なかなか難しいのです。しかし、iPadを使うことで、それが無理なくできたことに、当時非常に大きな手ごたえを感じました。
あと、私が「違うよ」とか「もう1回やってごらん」と言っても、なかなかやろうとしないのに、アプリに言われると素直にやり直すという子もけっこういます。恐らく私の曖昧な判断よりも、アプリの正確な判断を信用しているんでしょう。納得して繰り返せることは、学習した内容を定着させていく上でとても重要になります。
まずは、その子がどこでつまずいているのかという困難の背景を把握し、それに適したツールを活用することが大事で、ICT端末はそのツールとして活用の意義があるということですね。
井上:そうですね。しかし、そうした困難の背景を予想して手立てを考えるという発想が、まだ現場では十分に浸透していないのかもしれません。むしろかつて自分たちも「読めないならもっとたくさん読もう」「書けないならもっとたくさん書こう」と指導されてきた体験を持つ先生が大多数なので、方法を検討することなく、10回で覚えられないなら20回、それでも無理なら30回と、繰り返す量を増やすことで乗り越えようとする風潮がまだまだ強いようにも感じます。
もちろん、そうした繰り返しの学習が効果的な子はたくさんいます。しかし、何かしらの学びにくさを持っていて、みんなと同じ方法では学びにくい子も確実に教室にはいます。そうした子どもたちにとって、方法の検討をしないで量だけを増やすということは、「何度練習してもできない」という苦しい体験を重ねさせてしまうことになります。それは、自信と意欲を低下させてしまうことにつながりかねません。
たとえば、「近眼だからメガネをします」というのは普通のことですよね。遠くが見えにくい人にとってメガネをかけないのは、「まったく見えないわけではないけれど見るという行為に対して過度な負荷がかかる」という状況です。ただ、もしそれを毎日何時間も続けなくてはいけなかったら、疲れ切ってしまうでしょう。
読み書きに困難を抱えているのに、みんなと同じ手立てで学べというのは、まさに「近眼なのにメガネをしないで授業を受けなさい」と言っているようなものです。まったくできないわけではないけれど、負荷の高い状態は維持することや継続することが難しくなります。だからこそ、教師がその子の学びにくさがどこにあり、どんな支えがあれば学びやすくなるのかを模索して、適したツールを試しながら「その子の学び方」を探っていくことが重要になると思います。