4)フィーディング・ニューロン上のシナプス変化として記憶形成を見る

--- フィーディング・ニューロンの発見

ヘッブの可塑性を説明しうるものとして提唱したローカル・フィードバック仮説が記憶を担う一般的なメカニズムであるのかを検証するためには、実際に記憶が出来る様子を細胞レベルで調べる必要がある。しかし、かつて世界の記憶研究をリードする立場にあった塚原仲晃元大阪大学教授がその著書の中で指摘するように、シナプス可塑性のようなミクロな研究と、記憶のようなマクロな脳機能研究との間には深い溝がある。ミクロとマクロをつなぐには、学習による動物行動の変化(記憶)を担う神経回路を単一細胞レベルで同定し、その神経回路がどのように可塑的に変化するのかを追跡できなければならない。そこで、「単一細胞レベルで記憶を調べる実験系」をゼロからつくる挑戦を始めた。当研究室が発足したマサチューセッツ大学医学校の神経生物学部では、当時、ショウジョウバエの神経ネットワーク解析の第一人者、Tzumin Lee(現、HHMI Janelia Research Campus)、ショウジョウバエ記憶研究のリーダー、Scott Waddell(現、オックスフォード大学)らが活躍し、文字通りの世界の最先端がそこにあった。彼らの協力を得て、ミクロのシナプス可塑性をマクロの行動として現れる記憶に結びつけるため(図8)、かつて日本において組織した“NPプロジェクト”(Yoshihara and Ito, 2000)により作成されたGAL4系統の大規模スクリーニングを行った。そして、「食べる」という行動をコマンドするフィーディング・ニューロンを発見し、ネイチャー誌に発表した(9)。これで、フィーディング・ニューロン上のシナプスの可塑的変化(ミクロ)と、食べる行動の変化として観察される記憶(マクロ)とをつなぎ、ローカルフィードバック仮説を記憶のメカニズムとして検証する準備が整った。

Yoshihara and Ito (2000) Dros. Inf. Ser. 83: 199-202.

Flood, Gorczyca, White, Ito, and Yoshihara (2013) G3 3: 1679-1637.

 Flood*, Iguchi*, Gorczyca*, White, Ito and Yoshihara (2013) Nature 499: 83-87.   

       *Equal contribution.

総説は

Yoshihara and Ito (2012) J. Neurogenet. 26: 43-52.

吉原基二郎 (2013)  実験医学  Vol. 31, No. 19 (12月号): 3098-3102. 羊土社

吉原基二郎 (2013)  細胞工学 2013年 32巻9月号 986-987 学研メディカル秀潤社

吉原基二郎  ライフサイエンス新着論文レビュー 2013

8 コマンドニューロンはミクロとマクロをつなげる(コマンドニューロンは吉原の恩師、池田和夫博士によって初めて発見され、コンセプトとして確立された)。

9 フィーディング・ニューロンは「食べる」行動をコマンドする。

--- 食べる行動と脳内の同時観察

コマンドニューロンのミクロの営みと、コマンドニューロンの活動による行動を結びつけるため、摂食行動を観察しながら同時に脳内を観察する実験系(10)を確立した。

Yoshihara. (2012) JoVE 62: e3625, DOI: 10.3791/3625.

10  脳内を見ながら、餌をあげ、食べる行動を観察する実験系

--- 条件反射実験の確立

パブロフがイヌに音を聞かせては餌をあげた条件反射の実験にならい、ショウジョウバエの脳内を見ながら食べる行動の条件反射を成立させる方法を確立した(櫻井主任研究員らによる研究; Sakurai et al., 2021, Curr. Biol.)。条件反射成立後の脳神経活動の変化がフィーディング・ニューロン上のシナプスの可塑的変化によってつくられていることを示唆する実験結果もすでに得られている。そこで次は、二光子顕微鏡を用いてこのときの脳をのぞき、フィーディング・ニューロン上のシナプスの変化として初めて記憶の形成をライブイメージングするという実験を行い、すでに成果を得ている(2023 CSH meetingにて、吉原がPlatform presentation)。この実験は、 記憶の仕組みを知る上で、以下に示すような大きな歴史的な意義がある。

 (1) 記憶のできる様子を、単一細胞レベルで初めてリアルタイムで観察する

→ローカルフィードバック仮説の検証

2)ヘッブの可塑性と記憶との因果関係を初めて直接的に検証する

Spike timing dependent plasticitySynaptic tag

(3) プレシナプス細胞、ポストシナプス細胞、それぞれについて特異的に遺伝学的解析が可能となり、各分子の機能をプレとポストに分けて明らかにすることができる。

→ 記憶の分子機構の全貌解明へ

図11. 棒を離す条件刺激(CS)を餌の無条件刺激(US)に結びつける条件付け実験でCSからFNへの新しい神経回路が形成された。条件付け後は、CSのみでFNが発火し、摂食行動がひきおこされるようになった。(図11; Sakurai et al., 2021, Curr. Biol.)



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