NICTダイバーシティ推進室は国際女性デーの2024年3月8日、「NICT Diversity Day 2024」を開催し、ゲストにお茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所特任教授・佐々木成江先生(ご所属は対談当時)をお迎えして、徳田英幸理事長、盛合志帆執行役・ダイバーシティ推進室長とのスペシャル対談を行ないました。「AIとジェンダーバイアス」「マジョリティ・マイノリティを考える」「研究機関で行える改革、考え方」「NICTが日本のダイバーシティ推進に対して貢献できること」の4つをテーマに、組織・研究機関におけるダイバーシティについて考えました。

佐々木成江(ささき・なりえ)

お茶の水女子大学理学部生物学科卒。東京大学大学院理学系研究科修士。同研究科博士。2007年、名古屋大学男女共同参画室特任准教授として、全国初の学内学童保育を設置。名古屋大学大学院理学研究科では、生命理学専攻の女性教員を10年で3%から25%にまで増員させる。

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AIとジェンダーバイアス

    

盛合志帆執行役(以下、盛合):

最近はAIの研究開発の進展に伴い、NICTでも多くの分野で取り組んでいるところですが、AIの分野でジェンダーバイアスはどのような影響を及ぼしているのでしょうか。

佐々木成江先生(以下、佐々木):

例えば、ある会社が人材を採用するためにAIを活用しようと開発をしていたのですが、「女性」とか「女子大」っていう言葉が入ってくると低く評価されてしまったそうです。これはいままでの状況を機械学習で学習するので、ジェンダーバイアスがそのまま引き継がれていってしまっているためですね。 こういったことはAIの翻訳にも見られます。男性名詞/女性名詞があるフランスなどでは、「私は外科医だ」と入れると、勝手に”男性名詞の外科医”が入ってきてしまいます。 一方で「私は看護師です」と入れると、勝手に”女性名詞の看護師”が入ってしまうんですね。
それから、「理系女(リケジョ)」と翻訳に入れてみると、「愛や女性の興味などを犠牲にしてキャリアを追求している女性」と出てきてしまいます(笑)。おそらく、どこか深層学習で繋がってしまっているのだろうなと思います。

盛合:

なるほど(笑)。宇宙天気予報など自然科学データであればそういうジェンダーギャップはあまり影響がないのかなと思うのですが、今まさにNICTが注力しているLMM(Large Language Models:大規模言語モデル)とか、脳科学とか、そういったところには影響がありそうですよね。どういうふうに進めていくのがよいと思われますか。

徳田英幸理事長(以下、徳田):

インプットに関しては、性別であったり年齢であったり、 人種、民族、宗教…と様々なバックグラウンドがあることをきちんと意識して、バイアスが含まれていそうな可能性の高いデータソースは避けたり、注意を持ってデータを集めないといけないなと思います。オンラインでクローリングして取れるからといって取ってくると、アンコンシャス・バイアスが入ったまま集めてきてしまう可能性があるので。
それからアウトプットに関しては、特にNICTでもそうですが、生成AIの特に大規模言語モデルの場合には、ヘイトスピーチや著作権を侵害するようなアウトプットがポンポン出てくるので、セーフガードを工夫しないといけないかなと思っています。

佐々木:

そうですね。最近データ収集について、性別欄をなくしましょうという話があるのですが、その結果、データが取れないという問題がありました。アメリカで2019年に、あるクレジットカードを申し込んだ人が、自分より妻の方が与信スコアが高いのに、自分の方に妻の20倍ぐらいの限度額が設定されていたとツイートしたところ炎上して、ニューヨーク州の金融監督局が調査に入りました。その審査手法を作っていた企業は非常にジェンダーに配慮していて、申込書に性別の欄は設けていなかったのですが、職業やジェンダーに関わっているものが少しでもあると、AIは女性とみなしてしまうんですね。アルゴリズムにジェンダーバイアスが隠れてしまっていないかを確認するためには、性別や人種は積極的に調べていかなくてはならない。個人的には、そこを隠して平等を目指すというのはちょっと違うような気がして、属性が明らかになっている上でみんなが平等にできる社会というのを目指すべき、そこが本質的なのではないかなと思っています。属性で差が生じていないかを調べ、生じていた場合はその差をうめるような開発を目指すことが非常に重要だと思います。

盛合:

今回、職員に対してアンコンシャス・バイアスのアンケートを行った時にも、性別欄を設けました。もちろん答えないというオプションを入れつつですが、これだけ男性と女性で意識の差があるということがはっきりわかったので、 属性を答えていただくことは大事だなと改めて思いました。

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佐々木成江先生

マジョリティ・マイノリティを考える

盛合:

マジョリティ・マイノリティという視点から、組織の中での女性比率はどれくらいを目標とすべきでしょうか。

佐々木:

マイノリティが3割を超えると力を持てるようになる「黄金の3割」という理論を見て、まず3割を目指すべきだと思ってやってきました。でもそれを海外の女性研究者にお話したら、「なぜ5割を目指さない?」と言われて(笑)。5割を目指す、その通過点のひとつとして3割がある、というふうに考える必要があるのかなと思いました。

盛合:

そうですね。では、女性だけではなく、外国籍の職員や障がいのある職員など、組織の中で少数派の方が力を発揮できるためにはどのような策が有効でしょうか。

佐々木:

佐々木:どうしてもマジョリティの人たちが過ごしやすい形で制度設計されていってしまうことが多いので、どこに感じ方の違いがあって、どこで不便を感じているのか、といったデータを見えるようにするために、マジョリティ側が意識して、マイノリティの人に声をかけたりするなど、マジョリティ側が工夫することが重要なのかなと思っています。

徳田:

マイノリティの方々はなかなか声を上げにくいので、やはりマジョリティ側が気付かないといけないですよね。日本はホモジニアスな社会なので、マイノリティの疑似体験システムを作るのもいいかなという気はしています。例えば、建築の分野ではユニバーサルデザインという概念が非常に古くからスタートしていて、日本では20年ちょっと前にやっと進みましたが、お年寄りがどんな感じで階段上っているかを、実際に重しをつけて体験できるような施設もありますよね。

佐々木:

そうですね。実際に経験していただくというのもそうですし、あとはマジョリティの方が"やってあげる"という感覚ではなくて、例えばある腕時計型のデバイスは親指と人差し指をポンポンとタッチするとタイマーをストップできるような機能が付きました。片腕がない人のために開発を進めたらしいのですが、 "誰かのために"ってやったことでみんなが便利になる、そのようなイノベーションの種がたくさんある、ジェンダード・イノベーションはそういう考え方なんです。我々が見過ごしているものがたくさんあるという視点でいくと、みんな同じ方向を向けるのかなと思います。

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左:徳田理事長、右:盛合執行役

研究機関で行える改革、考え方

盛合:

佐々木先生は名古屋大学の理学研究科時代に生命理学専攻の女性教員を10年間で3%から25%にジャンプアップされたとのことですが、どのように女性教員を増やしていかれたのでしょうか。また、ただ女性の数を増やすだけではなくそれに見合った成果も求められるかと思うのですが、ご苦労などありましたでしょうか。

佐々木:

苦労という感じではなかったです。その前に勤めていたお茶の水女子大では女性教員が50%だったので、それが当たり前で、名古屋大学に行った時に大きな違和感がありました。でも名古屋大の女性の先生たちは感じていなかった。ずっとその場所にいると違和感を感じなくなってしまうのです。
女性を増やすにあたって、女性限定人事、それもトップである教授を採用するPI人事をしましょうというふうにしました。トップを取れば、いろいろなものを変えられる権限が与えられるということもありますし、限られたポストである教授を女性から選ぶとなると真剣に探すことになる。また、ただでさえ女性研究者は人数が少ないので、優秀な人を採用するために、あえて、優秀であれば何の分野でもいいという形にしました。 その結果、とてもたくさんの方が応募してくださいました。普通の大学の人事では、分野をかぶらないようにするので、"何の分野でもいい"というのは、大学の中ではあり得ないことです。けれど、分野を絞らないという採用を行ったことで、結果として脳の研究者がたくさん採用され、世界に対抗するために脳拠点というものが女性たちによって作られました。これは今までの人事システムを変えたことで起きた効果で、新しいことをするということは、そういう新しいものが生まれるチャンスなのだと思いました。どんどん人事改革をしていっていただきたいなと思います。

徳田:

NICTでも、2023年度に女性を対象とした公募をかけたところ、21名の女性が手を挙げてくださって、しかも半分ぐらいが海外の方で、国際的な人材を確保する意味でも非常にいい経験をさせていただきました。
個人的な経験で恐縮なのですが、私は平成19年にJSTが行った科学技術振興調整費女性研究者支援モデル育成プログラムの審査員のお手伝いしました。さまざまな大学が手を挙げて毎年採択されたのですが、 5年後くらいのデータで、 特任助教など若手・中堅はグッと増えたけれども、教授に行くところでガクンと止まってしまって。だから佐々木先生がおっしゃった、ヘッドハンティングして女性の教授を入れるという形が定着するような感じがしています。有期の教員はすごい勢いで増えたけれども、教授のポジションを取れる人数がやはり減ってしまい、あまりうまくいかなかった。この後も何度もトライアルしてるのですが、なかなか理工系の学部、特に工学部とか理工学部の女性教授の割合が上がらないということで、日本の大学陣営は苦労しています。
NICTに戻りますと、昨年のいい事例を基に、令和6年度採用では女性の採用比率が40%を超えたので、この流れを止めずに、なんとかまず30%をクリアして、それから50%を目指せたらいいかなと思います。

盛合:

公募というとこれまでは待ってるだけだったんですが、やはり貴重なポストですから、調べられてお声掛けしたというところの努力が重要ですよね。

佐々木:

お声がけしても最終的には公正な審査で決まるのですが、やはり男性の教員が多いと男性のネットワークの中で声をかけがちというところがあるので、そこを探すというフェーズに持っていくっていうのがすごく重要ですね。

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NICTが日本のダイバーシティ推進に対して貢献できること

盛合:

情報通信分野を専門とする我が国唯一の公的機関ということで、NICTが日本全体のダイバーシティ推進に対して貢献できることもあるのではないかと思います。これについて、まず理事長のお考えを伺えますか。

徳田:

ICTで作っているシステムやサービスは、本当にこれからの未来社会を変えていくポテンシャルの高いところなので、 能力の高い方たちがNICTに入って活躍していただけるようなロールモデルが研究所の中でできていけばなと思います。そのためには、すでに小中学生を対象にしたイベントなども行っていますが、アウトリーチ活動に力を入れること、それからもうひとつは、先ほど少しお話がありましたが、国の研究教育機関が参加しているダイバーシティサポートオフィスのようなところとも連携しながら、どんどんいい事例を内外に発信していくということが大事かと思います。

盛合:

佐々木先生からNICTに対してご期待いただけるようなところはございますか。

佐々木:

名古屋大学では、総長が女性のダイバーシティに関して我々に期待をしてくださって、本当に自由にさせてもらえたんですね。徳田理事長もとてもご理解が深いので、その下でみんなが自由にトライアンドエラーでやっていただけたら。何がうまくいくかはわからないので、これは実験だと思って、”これなら女性が増えたよ”というモデルを出していただけるようになるといいのかなと思います。
そもそも情報系というのは、海外でも苦戦しています。確か20%ぐらいじゃないですかね。NICTは、大分近付いているようですので、そこを超えて世界に対してロールモデルに、ぜひなっていただきたいです。また、NICTは研究費の助成機関でもおられるので、海外のように性差というものをきちんと考慮するように、公募要領の中にしっかり入れていっていただければと思います。研究の中身自体にジェンダーバイアスが入り込んでいます。性別ごとのデータを取り、分析していくことは、科学者の責任だと私は思っています。ぜひしっかり入れていっていただきたいと思います。

盛合:

本日は大変有益なお話をありがとうございました。

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