Sr光格子時計の研究開発
現在の「秒」の定義はマイクロ波領域のセシウム原子の放射に基づいています。 近年、この定義に基づく時計の性能を凌ぐ光領域の次世代原子時計の進展が目覚ましく、「秒」の再定義が検討されています。 我々は光原子時計の方式の一つである光格子時計について研究開発を進めています。
光格子時計は東京大学の香取教授らにより提案、原理実証された方式で、 光格子時計では、光の定在波(光格子)に捕獲され絶対零度近くまで冷却した原子集団が吸収する周波数を標準として利用します。 この方式は多数の原子を同時に測定することにより、より少ない測定時間で正確に中心の周波数を生成することができます。
2006年10月にはストロンチウム(Sr)原子を用いた光格子時計が国際度量衡委員会の時間周波数諮問委員会(CCTF)で、 正式に「秒の二次表現」に採用されました。2012年9月に行われた国際度量衡委員会からは私たちが開発したSr光格子時計の 測定結果もSrの周波数値決定に貢献しています。
次世代の「定義」となるにはどこでも同じ値が得られなければなりません。値の一致を検証するため、 周波数・時刻比較グループと協力して、大学等の他の遠隔地の研究機関で開発された光原子時計との間で比較検証実験 も行っています。これまでに東京大学やドイツ物理工学研究所PTB(ドイツの標準研究所)、韓国標準科学研究院KRISS (韓国の標準研究所)との間で直接周波数比較を行い、今までに無かった精度での値の一致や大陸間での光時計同士の 比較検証を実現しています。
2016年には、無人連続運転に高い実績のあるマイクロ波周波数標準である水素メーザー原子時計の周波数を、光格子時計 を基準にして校正することで、高精度な時刻実信号の生成に世界に先駆けて成功し、これを5か月間継続しました。 この歩度(1秒の間隔)は、当時の協定世界時のそれよりも定義に近く、日本標準時の高精度化への応用が期待されます。
2018年11月には、NICTのSr光格子時計は、フランス・パリ天文台のSr光格子時計に続き光周波数標準としては二例目 となる二次周波数標準に認められ、同年12月から国際原子時(協定世界時)の校正に正式に貢献し始めています。
--参考文献--
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井戸哲也 光格子時計の遠隔地間直接比較 応用物理学会誌 84巻 第3号 (2015)
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NICT プレスリリース “世界で初めて光時計が直近の協定世界時の一秒の長さを校正,”
Feb,2019.